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第25話
蒼薔薇に囲まれたガーデンテラスで、双子とプチティーパーティーを開いていた。
メイド三人娘と追いかけっこをするノアを遠目に眺めながら、ぬるくなった紅茶を啜る。
ケーキスタンドに乗せられた色とりどりに輝くプチケーキは、アデルとカインが街から買ってきてくれた。
ふたりは別々の用事で街を訪れ、ケーキ屋を見つけたのも別々だったのに「三人でティーパーティーをしたら楽しいだろうな」という思考に至ったらしく、同じケーキ屋で全く同じ種類のプチケーキを同じ数だけ、それぞれでお土産として買って帰ってきたのだ。
プチケーキで小さいからたくさん買っていこう、と二個ずつ同じ種類が大量に並んだテーブルは圧巻だ。
さすがに三人じゃ食べきれないな、と苦笑いをすれば気まずそうに咳払いをしたのが面白かった。
双子の以心伝心ってすごい。
「ん、これ、美味しい」
「一口ちょうだい」
「僕も」
雛鳥みたいに「あ」と口を開ける双子に苦笑いする。ノアだって自分で食べるというのに。メイド長の生暖かい視線に心が痛む。
プチケーキは三口くらいで食べてしまえる大きさだ。
紅茶は渋みのあるアッサムをわざと抽出時間を長めて苦みを出しているおかげで、ケーキの甘さがほどよく中和してくれる。おかげで、ついパクパクと手が進んでしまった。
フルーツの乗ったレアチーズ、アーモンドスポンジの上にイチゴとフワンボワーズのムースを乗せた二色のコントラストが綺麗なケーキ、オレンジとレモンのタルト――宝石みたいに輝いて、口の中で溶けていく。
食べて胃袋に収まれば全部同じだと思っていたけど、こうして見て楽しむのも風流だ。
空になったカップに、メイド長のエレノアが新しく紅茶を注いでくれる。女性に年齢を尋ねるのはどこの世界でもタブーである。母と――マリアと同じ年頃に見えるメイド長はたぶん、三十代半ばから後半くらいだ。
暗い茶髪を後頭部でお団子にひとつまとめにして、細い眉尻が神経質な印象を与える。
厳しそうな人という第一印象だったが、接してみればそんなことはなかった。メイドたちを取りまとめるメイド長というよりは、お転婆なメイド三人娘のお母さんみたいな女性だ。
「ありがとうございます、エレノアさん」
「これが私共の仕事ですから。……まぁ、あの子たちはおとなしくしているより、駆けまわるほうが好きみたいですけど」
はぁ、とため息を吐いたメイド長に苦笑を隠せない。
エレノアはアデルとカインが物心つく頃からミラー家に仕えている使用人で、この別邸を建てるにあたって本家から引き抜いた、双子が信頼している数少ないひとりだという。
老齢の執事が別邸の管理を任されているが、執事のほうは滅多に姿を見せず、表立って使用人たちを取りまとめているのはエレノアだった。
庭師、料理長、メイド三人娘、執事見習い、警護兵二人。たった十人の使用人しかいないながらも、屋敷の中は常に整然さを保っている。
よく磨かれた床に、白さを保った壁だとか、花瓶ひとつひとつに生けられた花は常に生き生きとしている。
「俺は、あまり走るのは得意ではないから、ああしてノアに付き合ってもらえるとありがたいですよ。ノアも、とても楽しそうだ」
「……そう言っていただけますと、あの子たちを育てた私も嬉しゅうございます」
「お転婆だからね、あの子たち」
「こないだ、マリーが泥だらけになっていたのは面白かった」
くすくすと喉を転がす双子に、エレノアは緩やかに弧を描いていた眉を吊り上げた。
「なんですって? アデル様、それはいつ頃のことでございましょう?」
「三日前、だったかな。何をしたらあんなに泥だらけになるのか不思議だったよ」
「そうだな。鳥でも捕まえようと森の中を跳ねていたのかも」
思い出し笑いをする双子とは対照的に、どんどん怒りのボルテージが上がっていくエレノアに引いてしまう。確実にお説教が始まるだろう。
メイド三人娘は、もともと孤児で、ストリートチルドレンだった彼女たちを引き取り、養女としたのがエレノアだった。まさしく、お転婆娘たちのお母さんなのだ。
マリー、メリー、エリーとわかりやすくて覚えやすいが、誰が誰だったかわからなくなる名前の三人娘は、姉妹同然に育てられたが実際に血はつながっていない。ひとりぼっちが嫌で、歳の近い三人で固まって雨をしのいでいたらしい。
かつてこの国は大きな戦争をしていた。その戦争で人々は大勢死んで、今日食べる物にも困るような暗雲が立ち込めた日々が続いた。
俺が生まれる数年前に戦争を終わったが、各地のいたるところにその悔恨は残っている。
片親だったり、母も父もいない子供が裏路地を除くとうずくまっている。戦争の火種で焼かれた土地は死んでしまい、作物が育たない。
エインズワース家は終始中立を保って戦争には参加せず、ミラー家は国のため、民のため、日々終戦を目指して奔走していた。
デズモンド家は戦争だろうがなんだろうが関係ない。搾取する側の悪役であり、親無しの子供をこれ幸いと売り飛ばすか労働力として拾ってきていた。クソ野郎しかいない。
年若い庭師や、執事見習いももともとはストリートチルドレンだった。拾い、養っていたのは老爺の執事で、この屋敷に仕える使用人たちはみんなエレノアや執事のことを慕っている。
驚いたのは、屋敷の護衛をする騎士たちと料理長はアデルとカインが拾ってきたということだ。
辺境の村で迫害されていたり、悪徳貴族にこき使われていたり――蒼薔薇の館の使用人たちは、みんながみんな事情があってこの館に仕えていた。
だから、俺たちのことも気にしていないんだろう。俺たちのファミリーネームがデズモンドだろうが、主人であるアデルとカインに誘拐同然で連れてこられようが、彼女彼らはかまわないのだと言っていた。
アデルとカインは、俺を誘拐してきた次の日に、老爺にこってりと絞られたらしいが、一度だけ顔を見せにきた執事はシルバーグレイの紳士であり、主人の無礼を頭を下げて謝罪した後、俺たちの意思を確認してくれた。
「帰りますか?」
「――……帰りません。帰りたく、ありません」
震える声でそう告げると、穏やかに笑みを浮かべてひとつ頷き、客間ではなく俺たちの部屋をきちんと用意してくれたのだ。
穏やかで優しく包み込んでくれる老爺の声音に、少しだけ涙をこぼしてしまったのは、双子には内緒だ。きっと、俺が泣いたと知れば大騒ぎするに違いない。
「あにうえー!!」
薔薇の向こうで、ノアが大きく手を振っている。無邪気さに頬を緩めて手を振り返せば、「こっち来てー!!」と大仰なしぐさで呼ばれてしまった。
メイドたちの姿は見えないが、ひょっこりと薔薇の中から葉っぱを頭につけて立ち上がったのが見える。
視線や顔が地面を向いており、そこに何かがいるのは明白だった。
双子を見れば、彼らも首を傾げて立ち上がる。一緒にいってくれるようだ。
「兄上! はやく、はやく! 小鳥さんがケガをしてるんです!」
「小鳥?」
のんびり歩いている俺に待ちきれなかったのか、ノアが駆けてきて手を引っ張っていく。
頭が三つ並んでいるそこをのぞき込めば、確かに片翼に赤色を滲ませた青く美しい小鳥がぴぃぴぃ弱弱しく鳴いていた。
このままだったら、死んでしまうだろう。
「治るまで、お世話しちゃダメですか……?」
「ノア、野生の鳥は菌をたくさん持っているんだ。むやみに手を差し伸べないほうがいい」
「ノエル様、冷たいです……ノア坊ちゃんは天使みたいなのにぃ」
「メリー、もしそれでノアが病気になったらどうする? 俺は、ノアを失いたくない」
冷たいと言われようがなんだろうが、関係ない。ノアに害があるのなら、俺はそれを振り払うだけだ。
「あにうえ……」
チェリーピンクに涙を浮かべようと、折れるつもりはなかった。
「鳥の世話なら、ラカムがわかるよ」
「今は飼っていないけど、鳥笛を使うのも上手なんだ」
「ラカム、おじいさん?」
老爺の執事のことだ。もともとは鳥遣いの生まれで、なんやかんやでミラー家に仕えることになったが、今も鳥を扱う技術は衰えていない。
「ケガをした鳥のことなら、そこらへんの獣医よりも詳しいさ」
「ノエル、私たちからラカムにお願いしよう。いいじゃないか、野鳥とは言っても小鳥だ。危害を与えたり、毒を持っている類でもない」
「ラカムにきちんと見るように言うから、ノア君がお世話をするのを許してあげたら?」
ぎ、と口を噤んだ。
きっとこいつら、ノアが小鳥の世話に夢中になれば、俺を取られないとでも思っているに違いない。
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