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第30話

「ノエルもノアも、こんな家、似合わないわ」  眩い金髪に、薄紅色の瞳をした薄幸の美人は次女のベアトリーチェ。  同じ年頃だからか、俺が懲罰房に入れられるたび気にかけてくれる稀有な存在だ。イエローのドレスに身を包み、白い顔色をさらに白くして、血が滲む背中に傷薬を塗ってくれる。  薄紅の瞳はちらちらと扉を気にしており、そんなに上のふたりが怖いなら来なければいいのに。 「ベアトリーチェも、似合わないな」 「……そうかしら。わたしは、三大貴族だなんだと言わないで、みんなで仲良くすればいいのに、と思うわ」  緑の軟膏を細い指先がすくって、丁寧に塗り付けられる。  ベアトリーチェは、ミラー家の長男に淡い恋をしている。デズモンドである限り、決して叶わない、報われない恋だ。  アレクシアの策略で、『アリス』編の悪女となってしまうが、根は悪い子じゃないんだ。むしろ、きょうだいの中では気弱で、常に怯えているようなかわいそうな女性である。  ベアトリーチェの母である第三夫人は、薬学に長けた女性で、俺の背中に塗ってくれている軟膏も彼女の母が手製したモノに違いない。  閣下に嫁ぐ前は、人には聞かせられない材料を使い、薬の開発のためなら死地にも飛び込む女性だったと聞く。  魔物の死体を素手で漁るような女を面白く思った閣下が人攫い同然に連れ帰って、交際ゼロ日で結婚をしたらしい。どっちもバカだろ。  屋敷に専用の研究室を与えられ、好き勝手に実験を繰り返せるデズモンドは第三夫人にとっては天国だったらしく、毒にも薬にもなるものを作っては日夜デズモンドの薬学部門に貢献をしている。 「そろそろ、戻ったほうがいい。イザベラが来る」  軟膏を塗る華奢な手から逃れて、新しいシャツを羽織る。包帯を巻いたほうがいいのはわかっているが、そんなことをすれば誰がここに通っているのかバレてしまう。  薬学に精通する母の元、強制的に薬学を教えられているベアトリーチェはその延長線上で医療も学んでいる。もしかしたら、とっくにバレているかもしれないけど、黙認されているのならなんの問題もない。 「……視たの? アレクシアに、異能を『抑制』されてるんでしょう。あまり使ってはいけないわ。脳に影響があったらどうするの」 「俺はここから出られないんだ。あの目隠しをされていないのなら、別に『先見』をしたって平気だ。ほら、ベアトリーチェは早く行ったほうがいい」  アレクシアの異能は『抑制』  使い道がなさそうな異能だが、アレクシアはその優秀な頭脳で特性をよく理解して、自分の手足のように使ってみせている。 『抑制』する異能によって、俺の『先見』の異能は抑え止められ、普段よりもずっと視えづらくなっていた。  ――あの、意味もなく眼球を撫でまわされていたと思っていたのには意味があったのだ。おかげで視ようとしても見えづらかったり、思った通りの未来が視えず、激しい頭痛に襲われたりするが、視えないよりマシだった。  ためしに、懲罰房の少し先を視たら、ベアトリーチェとすれ違いざまにやってくるイザベラが視えた。いますぐ懲罰房を出ていけばすれ違うこともない。  薄幸の美人であるベアトリーチェも、イザベラはお気に入りにカウントしており、常に痛めつける理由を探している。  白くかすむ目元を手のひらで抑えながら、もう片方の手でさっさと行け、と追い払う。  細眉を下げたベアトリーチェは、石床の上に軟膏の入った入れ物を置くと、足早に重たい扉の隙間を抜けて出ていった。 「……置いてかれても困るんだけど」  白くて丸い、片手に収まる小さな容器を拾って、ベッドの裏に隠した。あれば困らないけど、見つかったら困るのも俺だった。  心配してくれるのは嬉しいしありがたいけど、もし軟膏が見つかったらまた折檻される理由が増える。  溜め息を吐いて、ベッドに腰かけた。  今日もまた、躾けの時間が始まろうとしていた。

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