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第31話

『先見』を繰り返す。『抑制』された状態で視えるのは、この懲罰房で起こる未来が限界だった。  デズモンドにいた頃、歴史書から何から読み漁っていた時期があった。  無駄に歴史のあるデズモンド家が所有する書籍やら研究資料の束、歴史書など、その中で読んだ『異能の覚醒について』という研究結果資料はとても興味深かった。  原作でも、ストーリー終盤でヒーローたちが『異能』を覚醒させていた。  神から授けられた特別なチカラ。  血に呪われた人と異なるチカラ。  選ばれた人間だけ扱えるチカラ。  元をたどれば、太古昔の人々はみんな異能を扱えていたらしい。それが時代が進むにつれて外の国の血が混じり、祖国の血が薄れていくのとともに異能の発現もなくなっていった。  三大貴族が未だ異能を扱えるのは、かつての祖国から続く血を薄めないように、近親婚を続けているからに他ならなかった。  俺の母、マリアの生まれた国も元をたどっていけば祖国へとつながる。かつての真祖の王のきょうだいが築いた国だった。  第一夫人は閣下の又従妹にあたる女性で、第二夫人のマリアは真祖の王の血を繋ぐきょうだいの祖先。第三夫人だけが三大貴族と関わりの薄い元伯爵令嬢だったが、ベアトリーチェは汎用性の高い異能を持って生まれた。  第四夫人はエインズワースの遠縁から娶った女性であり、第五夫人は王家の傍系の女性である。  濃すぎる血脈がゆえに、狂人ばかりになるのかとも思ったが、似たような婚姻をしているエインズワースとミラーはいたって普通だ。やっぱりデズモンドがおかしいだけである。  話がズレてしまったけど、かつて異能を使っていた一握りの人々は、能力を覚醒させることができたと研究資料に書かれていた。  記されていた覚醒した異能は少なかったが、俺の『先見』について書かれていたのを確かに覚えている。  未来は変えられないと思っていた。――けど、蒼薔薇の館の惨劇は回避することができた。そこで覚醒について書かれた研究資料を思い出した。  ひとつの未来を視るだけしかできないけれど、未来とはたったひとつの選択で変わってしまう不確定事項である。  未来とは、いくつもの行動や言動ひとつで道筋がいくつにもわかれる。未来を変えるのではなくて、いくつもある選択肢の中から望む未来を選ぶことが必要だ。  花瓶を落としたから割れた。  花瓶を落とさなかったから割れなかった。  人にぶつかって転んだ。  人にぶつからなかったから転ばなかった。  視続けているうちに、光の筋がいくつも視えるようになった。  俺が実際に関わることしか視ることはできなかったそれが、やがて範囲が広がって、ノアの未来も視えるようになった。この場にノアがいなくても、俺がその未来に関わっていなくても。  光の筋が、未来の選択肢であると気が付けたのは僥倖だった。  目を瞑り、視える未来に入り込む。そうすると、まるで本当にその場にいるかのような錯覚に陥る。  ――エレノアと、マリーたちに囲まれてノアが泣いている。少しだけ髪が長くなっている。ノアが涙を溜めた瞳を窓の外へと向けると――アデルとカインの後ろ姿が視えた。  騎馬を乗りこなし、複数の騎士たちを率いている。 「ぁ、」  瞳から熱い液体があふれた。  頭が沸騰したみたいで、こぼれた涙を手の甲で拭えば、白さを増した手は真っ赤に染まった。 「あ、やば、」  ぽたり、ぽたり、と目から溢れる血液に視界が赤く滲んでいく。  抑制された中で強引に異能を使い続けた結果、頭が限界を迎えてしまったらしい。目だけでなく、鼻からも血が垂れている。拭うハンカチなんてここにはないから、適当に寝起きしているシーツで顔をおさえた。  おさえながら、もう一度視ようとするが目だけでなく頭にも激痛が走り、視ることができない。まだ、ひとつしか視れていない。光の筋はあと三つあった。  せめて、視えた光景がいつなのか知りたかったのに。  深く息を吸って、ゆっくりと細く吐き出す。痛みなんて感じていない。俺はまだやれる。未来を視ることでしか、ノアの無事を、アデルとカインの無事を知ることはできないんだ。  奥歯を噛み締めて、もう一度集中する。  ガチャンッ、と懲罰房の扉が無理やり開かれた。まだ幼い妹を腕に抱きかかえたベアトリーチェが、血相を変えて飛び込んでくる。 『――!!』  何事かを言っているのに、俺には一切音が聞こえなかった。  どこか喜びすら滲ませた表情のベアトリーチェ――こぷりと、蒼い唇から赤がこぼれる。豊かな胸元から鋭い白銀が生えていた。  視えたのは、血に濡れた俺と、事切れるベアトリーチェ、そして白銀を血で濡らしたアデルとカインだった。 「ノエルッ! ノエル!! 起きている!?」  ようやく血は止まったが、クラクラする頭は貧血を訴えて、起き上がるのも億劫だった俺は横目にベアトリーチェを視るに留める。  騒がしくやってきたベアトリーチェは、腕に幼い妹を抱いていて、青白い顔にどこか喜びを浮かべていた。  ――既視感に、目を瞬かせる。 「きっとノエルのことを迎えに来たのよね!? きっとそうに違いないわ!!」 「ベアト、ちょっと、ベアトリーチェ、落ち着け。何が、なんだって? 一体どうしたんだ?」 「だから! ミラー家の双子が来たのよ!! お願い、お願いよ、わたしとこの子も一緒に連れて行ってちょうだい……!!」

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