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第35話

 シミひとつない真っ白な天井が目に痛い。ぎゅっと目を瞑って、ベッドの上で体を丸めた。  ぬくぬく、だらだら、しばらくぼんやりして、ハッと意識を覚醒させる。勢いよく身体を起こすが、視界がぐるりと一回転して、ベッドに逆戻りした。  つい寝すぎてしまった時のような頭痛と怠さだ。  ゆっくりと上半身を起こして、眩暈が治ってから部屋を見渡した。  物が少なく殺風景だが、上品な白を基調とした室内。蒼薔薇の館は燃えてしまったから、別の邸宅だろう。  ベッド脇に用意されていたルームシューズを履いて、適当に置いてあった肩掛けを羽織る。ここがどこだとか、何も考えないで俺は部屋を出た。 「……どこ」  水も飲まないで出てきたため、喉が渇いて掠れた酷い声だった。  右も左も、前も後ろも見覚えのない廊下だ。早々に部屋を出て来たことを後悔する。部屋にいれば、いずれアデルもカインも訪れただろう。部屋に俺がいないとわかれば、慌ててしまうかもしれない。 「……戻るか」  逡巡して、引き返すことにした。知らない屋敷でひとり迷子になるのも恥ずかしい。部屋で大人しく、アデルとカインが来るのを待とう。  そもそも、俺が目覚めたときにふたりがいないのが悪い。  クルッと踵を返した瞬間、フワリと意識が浮かび上がって身体が揺らいだ。  咄嗟に壁に手をついたから転ばずに済んだものの、俺の身体はまだ十分に回復していないのだろう。 「だ、大丈夫ですかっ?」  鈴が転がる声音の少女だ。  まん丸い空色の瞳に俺を映している。白に近い銀髪は背中から腰までをふわふわと揺れ、どこか、双子と似た顔立ちの美少女だった。 「は?」  ミラー家の末妹セラフィーナ。  次期聖女候補として名が上がっている、準メインキャラクター。 「お兄様たちの、大切な人ですよね? あの、お部屋まで付き添いますわ」  言動ひとつひとつがキラキラと輝いて見え、光に愛されているのがわかる。  後ろ暗い俺が隣に並ぶのが忍びないと思ってしまうほど、セラフィーナは光り輝いて見えた。  人好きのする笑顔を浮かべ、手を差し伸べる彼女に戸惑う。彼女は綺麗すぎて、拒絶することのを躊躇わせる雰囲気があった。  差し伸べられた手と、彼女の顔を交互に見て、眉を下げる。  俺、他人に触るの無理なんだが。 「――彼は僕たちで世話を見るから、セラフィーナは気をまわさなくていい」 「カインお兄様!」 「この人のことは気にしないで。セラフィーナは聖女見習いとして大変だろう」 「アデルお兄様も!」  腕を引かれ、彼女の視界から隠すようにカインが立ち塞がった。俺の背中に手を当てて身体を支えてくれるアデルに、詰まっていた息を吐き出す。  自分でも気づかないうちに、緊張して身体が強張っていた。 「大丈夫?」  高い背を丸めて、顔を覗き込んで小さく囁くアデルに頷く。 「部屋に、いなかったから」 「…………もしかして、私たちのことを、探して?」  目を瞬かせたアデルに、安堵したまま頷いた。 「そっか。そっかぁ。ごめんね、探させてしまって」 「いや、俺も、勝手に部屋を出たから、探させただろ。……あの子、妹か?」 「――あぁ、うん、そうだよ。妹のセラフィーナ。大聖教会の期待を背負った次期聖女候補」 「へぇ。お前らに似てるな」  背中を支えられて、片手を掬い上げられる。いっそ抱き上げてくれてもよかったのだが、妹の手前自重しているのだろうか。……いや、こいつらに限ってそんな遠慮するわけがないか。エレノアの前で「おはようのキス」を強請るくらい強かなんだもの。  アデルのおかげで、呼吸が楽になった。  カインの背中越しに、彼らの妹を見る。歳は十五か、十六くらいだろう。ミーシャとサーシャと、同じくらいだ。あのふたりよりもずっと表情が明るく、太陽に照らされた明るいところで育てられたのがわかる。 「で、でも、とても具合が悪そうよ。私の『癒し』で」 「いらない」 「お兄様……? 私の異能が心配なら大丈夫よ。神官様からもお墨付きを」 「二度は言わない。お前の手は必要ない」 「ッそ、う……あの、必要になったら、いつでも言ってね」  温度のない冷たい言葉に笑顔を引き攣らせ、一歩、また一歩と後ろへと下がり、逃げるように足早に去っていくセレフィーナ。  実の妹を冷たくあしらったのが嘘のように、パッと振り返ったカインは心配を浮かべて、不安そうであった。 「部屋に戻ろう。エレノアに、食事を用意してもらうから」  眉を顰め、苛立っているようでもあった。 「そうだね。起きたばかりだから、重湯にしておこうか」 「……味の濃いものが食べたい」 「食欲があるなら、大丈夫だな。でもダメだ。急に食べたら具合悪くなるだろ」  もうすでに気持ちが悪いんだから、何を食べて胃もたれ胸焼けしたって変わらないだろ。  文句を垂れながら、ふたりに手を引かれながら部屋まで戻った。  少し低い彼らの体温が心地よくて、部屋に戻っても手を離せなかった俺に、ふたりは心底甘い笑みを浮かべた。

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