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第13話
着いた駅の南口から更に十分ほども歩いて遊園地の出入り口ゲートをようやく通過するなり、
「とりあえず昼に合流って事で」
と鈴木は優蔵の背中を押しながら何処かへと行ってしまった。
鈴木の事だから単純にこの場から逃げたくなって逃げたのだとは思えなかったが、何を考えて、もしくは何を企んで、または誰にどんな気遣いをしたのやらだった。
「あ。おい。ちょ」
優蔵と栄一の二人は同じような反応を見せたが、ミトは「あはっ」と笑っていた。
「ええと」と振り向いた栄一にミトは、
「絶叫系は苦手? 乗れない?」
と尋ねてきた。栄一は、
「乗れない事はないですけれども得意ではないです」
素直に答えてしまった。そんな事よりも前にこの状況について等、話し合わなければいけない事があるはずだとは思いながらも、これも一種の条件反射なのだろうか、藏重栄一は質問をされると素直に答えてしまうような人間だった。
ミトは、
「得意ではないけど乗れない事はないんですねえ。う~ん。う~ん。う~ん。じゃあ一回だけ。一回だけ、付き合ってくださあい」
少しだけ悩んだような仕草を見せた後、栄一が着ていた服の袖口を掴んでくいくいと揺らすみたいに引っ張った。
「絶叫系、お好きなんですか」
栄一の呟きは質問というよりも溜め息に近かったが、
「大好きなんですっ」
とミトは、それを向けられた人間がうっかり勘違いしてしまいそうになるくらいに眩い笑顔を咲かせてみせた。
そうして人気のジェットコースターに乗る為の行列に二人で並び始めたのが今から十数分前の事だった。
「確かに遊園地だとか言い出したのは鈴木です」
栄一はミトの目を真っ直ぐに見た。
「はあい。すずき君からのご提案でしたあ」
「現地に着いたら着いたで即、別行動を取りやがったのも鈴木です」
「あはは。取りやがったってえ」
「真面目な話をしますよ。ミトさん。ジェットコースターが大好きなミトさんは遊園地にとても行きたかったのかもしれませんが、だからといってよく知りもしない相手の誘いに簡単に乗ってはいけません」
先程、語尾をもごもごとさせてしまった栄一は、その反省を活かして、今度ははきはきと話す事を意識してみたのだが何だかお説教のようになってしまっていた。
「はあい」とミトは俯いた。
何とも分かり易くしょぼくれたミトに、栄一は「誘拐でもされてからでは遅いんですよ」といつだったかと同じように柔らかい声色を意識しながらに言って聞かせた。
ミトは、
「くらしげ君によく知りもしない相手って言われたあ」
と恨めしげな視線を栄一に送っていた。
「え? いや。ちが」と栄一は何故だか妙に慌ててしまった。
栄一が言った「よく知りもしない相手」とはミトから見た鈴木や栄一の事を指していたわけなのだが相対的に関係を見れば、あながち間違ってもいないのか。
弁明を諦めた栄一は、
「事実ですよ。俺はミトさんの事をよく知らない。ミトさんも俺の事をよく知らないでしょう?」
言い含めるみたいな言い方で言わせてもらった。
「何でよく知りもしない鈴木の提案を受け入れたんですか? まさか本当にジェットコースターに乗りたくてなんて事はないですよね」
「それもあるけどお」
あるのか。栄一は喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。ここでツッコんでしまってはまた話が脱線してしまいそうな気がしたのだ。
ミトは「やっぱりい」と続けた。
「くらしげ君とは一度ちゃんとお話がしてみたくてえ」
「はあ」と栄一は間の抜けた返事をしてしまった。
「それならそれで。連絡先を交換したんだから、わざわざ遊園地になんて来なくてもメッセージで遣り取りをすれば良かったのでは」
「だってえ。それでお話が済んじゃったら、遊園地の話がなくなっちゃうでしょお。ちゃんとお顔を見ながら話もしたかったしい」
ミトは軽く唇を尖らせながらに言っていた。
何だ。結局は遊園地に来たかったという事なのか。
「そんなに遊園地に行きたかったのなら優蔵さんにでも頼めばいつでも連れて行ってくれたのでは」
「くらしげ君と来たかったんだってばあ。それにお話も大事なんだってえ」
そんな事を言われても栄一には、
「むう」
と唸る事ぐらいしか出来なかった。
ミトが何の話をしたいのかは知らないが、この遊園地に入ってすぐに鈴木が優蔵を連れて別行動を取った理由もそれなのだろうか。
「鈴木は知っていたんですか? 遊園地に着いたら俺とミトさんを二人にするようにあらかじめ頼んでおいたとか」
「私からは何も言ってないよお。すずき君からも何も言われてないしい。すずき君が何を知って、何をしてるつもりなのか私は何も知らないよお」
となると鈴木の独断か。四人で一緒に居た場合、優蔵の目を気にしてミトが満足に話をする事が出来ない可能性があり、そうなると今日の遊園地が本当にただの遊びとなってしまい、ミトを遊園地に誘ってしまった背景から踏まえれば無意味な時間ともなってしまうから、さっさとミトの要件を済まさせろと鈴木なりに気を回してくれたのかもしれない。
うん。鈴木は鈴木でミトの話の内容を何だと想像しているのだろうか。
「それで。ミトさんがしたがっている話って」
「あ。もうすぐで順番だよお。ジェットコースター」
「ミトさん。はぐらかしました? やはり話なんて何も無いんじゃあ」
「あはは。バレたあ」
「バレたって。無かったんですか、話。もう。何なんですか一体」
「そっちじゃなくてえ。はぐらかした事の方。話はあるもん。でも今から話し始めてもジェットコースターに乗るまでに終わるか分からないしい。ジェットコースターは何も考えずに楽しく乗りたいからあ。後でねえ」
「それって。ミトさんは何も考えずに楽しめるのかもしれませんが、俺はもやもやしちゃって全く楽しめないんじゃあ」
「あはは。でもくらしげ君は絶叫系が得意じゃないって言ってたからあ。それで気を紛らわしてもらえたらあ」
「相殺されるなら良いのですけれども。掛け合わされて大きくなり過ぎた負荷に耐え切れず、死ぬかもしれません」
無自覚ながらほんの少しは嫌味も入っていたかもしれない。とは言え冗談だった。当たり前だ。しかし、
「ああ。死ぬのはあ、駄目だよねえ」
冗談でも言うべきではなかった単語かもしれなかった。
死ぬという単語で笑える人間は幸せだ。死ぬという事が身近には無くて、現実感が無いかもしくは達観していて、死ぬという事を完全に受け入れ済みであるかだろう。
そして世の中には幸せでない人間も居る。
「死ぬかもしれません」などと。初対面ではないにしろ、たいした交流もない、それこそ「よく知りもしない相手」に気安く浴びせるような冗談ではなかった。ミトの事を何も知らない栄一は彼女が今、幸せなのかそれともそうではないのかなど知る由も無いのだから。
「止めておくか。ジェットコースター」とミトは目を細めた。笑顔ではなかった。
「え」と栄一はミトを見た。無遠慮に見詰めてしまった。
彼女はこんな顔をしていただろうか。まるで「Mito」ではないみたいだった。
「乗りましょう」
栄一は言った。力強く言った。
「そもそも苦手なんだよね? ジェットコースター」
「得意ではないからこそ。俺は今、猛烈にジェットコースターに乗りたい気分です」
栄一の言葉にミトは再びその大きな目を軽く細めた。それは笑顔でこそなかったが先程の顔ともまた違っていた。
「乗りましょう」
栄一はもう一度、強く言った。
「ミトさんはミトさんで楽しんでください」
「楽しめるかなあ」とミトは小さく笑ってくれた。
「隣りに乗ってるヒトが死んじゃうかもしれないのに」
「楽しんでください。俺は死にませんから」
「わ。凄い。昔のドラマの有名な台詞みたい」
「昔のドラマ? 何です? 戦争ものですか?」
「恋愛ドラマ。プロポーズの台詞だよ」
「ぷろ、ええ? どんなシーンなんですかそれ」
「あはははは」とミトは笑った。
「そっかあ。知らないかあ。ホントに有名な台詞なんだけどなあ」
「すみません。恋愛ドラマとか見ないので。そんなに有名なんですか」と栄一は頭を掻いた。
「ドラマ自体も有名なんだけどね。台詞の方がもっと有名過ぎちゃって。ドラマを見た事はないけどその台詞は知ってるなんてヒトも少なくなくて。そういうヒトは最終回でのシーンだと思っちゃってたりするんだけど」
「違うんですか。プロポーズして、結婚して、二人は末永く幸せに暮らしましたとさで終わりなんじゃあないんですか」
「私もマニアじゃないから正確には覚えてないんだけど確か全体の真ん中くらいの回だったはずだよ」
「ええ? プロポーズから更にもう半分も話が続くんですか」
一度は深く沈みかかった二人の雰囲気がまた軽くなる。バネではないが今の二人の間に漂っている空気は沈む前よりもずっと朗らかになっていた。
その後、
「きゃあ! あはははは! きゃあ! きゃあああ!」
「むう。ぐむう。うう。むううううううう」
結局、二人はジェットコースターに乗った。一方は大はしゃぎをして、もう一方は奥歯を強く噛み締め続けていた。
流石に死ぬ事はなかったが、
「すまん」
「うん。こちらこそ。少し休憩しようか」
ジェットコースターを乗り終えた栄一はふらふらとなってしまっていて、向こうの方に見えるベンチにも辿り着けずにどうにかこうにか移動した道の端っこでへなへなとへたり込んでしまった。
「本当に苦手なんだねえ」とミトは同情をするみたいに言ってくれた。
「得意ではないだけです」と栄一は抵抗をする。
「男の子だねえ」
ミトはふふとまた違う笑い方をした。
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