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第15話
「何だあ。じゃあ別に私のキャラクターが嘘臭いを通り越して男臭くなっちゃってたわけじゃあなかったんですねえ」
ミトは「安心しましたあ」なんてわざとらしく言ってみせてくれた。
「嘘臭いのは良いのか?」
栄一は素直に苦笑いを浮かべてしまった。
「良いんですう。私はこういう女の子が好きなので」
ミトが口にしたその「好き」という言葉にはどういった意味が含まれているのか、栄一には想像も出来ていなかったが、
「好きな子みたいになりたいのは当たり前じゃないですかあ」
と恥じらうような顔をしたミトは単純に可愛らしかった。うん。可愛い。ミトは、ミトっぽい可愛らしさとミトらしくない可愛らしさという二つの可愛いを兼ね備えているようだった。
「くらしげ君ってさあ」
急にぼそりとミトが呟いた。
ミトは手元のかき氷に顔の正面を向けながら目だけで栄一を見ていた。
「え?」と栄一はミトの目を見返す。
しかしミトは、
「なんでもなあい」
と言ってかき氷を大きく頬張るとその直後に「にゃあああ」と言葉になっていない悲鳴を上げながら頭を抱えた。悶える。悶える。大丈夫だろうか。
たっぷり十数秒後、
「かき氷を食べてアイスクリーム頭痛とはコレいかに」
息も絶え絶えに喘ぎながらミトは妙な言葉を口走った。
ミトが何を言っているのか栄一には良く分からなかったが取り敢えず、おちゃらけられる程度の余裕は取り戻せたらしい。まあ、良かったが、
「何をやっているんだか」
安心をしたらしたでまた苦笑いが込み上げてきてしまった。
「くらしげ君が急に変なコト言うからでしょお」
とミトが睨むみたいな視線を寄越してきたが栄一には何もかも通じていなかった。
「変な事?」
「もお。いいよもお。そうだと思ったよお」
ミトは「最初にお店で会ったときと一緒」と吐き捨てた。
「何だ。何だ。八つ当たりか。反抗期か」
本気で怒っているというよりは怒ったような振りをしているようにも見えたミトに対して、栄一もわざとらしく戸惑ってやってみせた。
「ウザいパパみたいなコト言わないのお」
「パパに対してウザいとか言うような子に育てた覚えはありませんよ」
「私だってくらしげ君に育てられた覚えはないよお」
何となく鈴木を相手にしているみたいな感覚に襲われる。栄一は少し楽しくなってきてしまっていた。
それからしばらくは本当に他愛も無い言葉をぽんぽんと掛け合っていた二人だったが、ふとした会話の隙間に出来た些細な沈黙をまるで待っていたかのように、
「聞かないのお?」
とミトが囁いた。
「何を」と栄一は呟いてからすぐに「ああ」と思い出す。
鈴木の実例もある事から可能性の全く無い話ではなかったが、実際のミトが色々と強過ぎたお陰で栄一は色っぽい想像に思いを巡らせるよりも現実の対処の方に追われてしまい、すっかりと忘れていた。
しかしもう既にミトが栄一としたかったという話の内容は判明してしまっていた。それは栄一がよく知りもしないはずのミトや彩花の事を男性だと思った根拠は何かというような話であって少しも色っぽい話などではなかった。
今更、そんな可能性を引っ張り出してきたところで、それは虚しい幻想に過ぎず、栄一は自身の自意識過剰さに顔を熱くさせるばかりだった。
「言わせたいんですか。悪趣味ですよ。今更」
「ええ。そうかなあ?」とミトは白々しい笑顔をこしらえていた。
「はあ」と溜め息を一つ挟んでから栄一は、
「もしかしたらの確認なのですが」
えいやと言ってやった。けじめのようなものだと思い込もう。
「ミトさんは俺の事がお好きなのですか? 一目惚れでもして頂けたのでしょうか」
愛の告白ですらもない。小っ恥ずかしい勘違いの告白だった。
巷で噂の羞恥プレイとはこの事か。栄一の顔は真っ赤になっていた。耳も真っ赤。首も真っ赤だ。
笑われる為に言わされた台詞だ。ミトはさぞかし大笑いをしてくれるのだろうと栄一は覚悟していたのだが、
「はえ?」
目の前のミトの反応はきょとんだった。
「え?」と栄一も、きょとんとしたミトを見て、きょとんとしてしまう。
「え~と」
ミトは少しだけ考えたような後、
「私の性別が男性か女性か『聞かないの?』て言ったつもりだったんだけど」
まいったみたいな顔をした。
「うん?」と栄一はまだ赤い首をひねった。
「どう見ても女性だろう」
栄一は言った。ミトに気を遣っているわけではなかった。優しさでもない。ミトに好かれようとお為ごかしを言ったわけでもなければ、面倒な話を避けたくて無難に答えたわけでもなかった。それはただの栄一の本心だった。
「あれれれれえ。私と彩花ちゃんの事は男だと思ってたんじゃないのお?」
ミトはにやにやとしていた。意地悪を言っていますといった感じだった。
「いや。あの。それは仮に店員の中の誰が男性でしょうかと問われたなら意外とミトさんと彩花さんが男性かもしれないよなという話であって、その。こうして、実際のミトさんを目の前にしてしまったら男性だとは思えるわけもなく」
あたふたとなりながら栄一は答える。その答え方には難があったが本当の話だ。
ミトを前にしている間は勿論、ミトに「先日の件ですが来週の木曜日なら」とメッセージを送った時も、そのメッセージを送った方が良いかどうかを鈴木と話し合っていた時も、栄一はミトの事を男性かもしれないとは全く考えていなかった。
その外見や口調から自然と女性だと受け取っていた。何の意識もしていなかった。
「何だろうな。ええと。急に『俺の国籍はどこでしょう?』て言ったら、ミトさんは何て答えますか」
「え? 『俺の』ってえ。くらしげ君の国籍? 普通に日本じゃないのお? 問題にするくらいだから別の国ってコト?」
「そういう事ですよ。わざわざ問題にされると深読みしちゃいますよね。そういった意味で俺はミトさんを男性かもしれないなんてその時は思いましたが、それはその時だけの話で。別に俺はミトさんの性別に疑いを持っているわけではないんですよ」
「そうなのお?」
「そうなのです」と栄一は力を込めた。
しかし「ええ~」とミトはまだまだ疑わしげな態度を崩さない。
「お客様と店員さんなのに急にフツウに話し掛けたりとかあ、お店の外で待ち伏せしてたりとかあ、連絡先を交換した時とかあ、『実は男の癖に』とかって思って引いてたんじゃないのお?」
「いやいやいや」と栄一は苦笑する。
「単にミトさんのマイペース具合とその強引さ加減に引いていたんですよ」
「えええ。やっぱり引いてたんだあ」
「引きますよ。そりゃあ」
正直な栄一の告白にミトもあははと素直に笑った。
「でもお。ホントのホントは男かもしれないよお?」
ミトは「だって私は『chiffon』の店員さんだからねえ」と何処か誇らしげに微笑んでみせた。
「本当の本当かあ」
栄一には興味の無い類の話だった。苦手な話題だとも言える。
「実はどうのこうのとか、裏ではこうだろうとか、現実はどうだとか」
栄一は、
「好きではないな」
と静かに呟いていたが「本当の本当かあ」以降は口に出していた自覚は無かった。
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