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第17話

     その後、栄一とミトの二人は幾つかのアトラクションと幾つもの景色を楽しんだ。気が付けば時刻は十二時を回っていたが鈴木からの連絡はまだ来てはいなかった。 「昼に合流って言ってましたよね。ミトさんの方には優蔵さんから何か連絡は入ってますか?」  栄一の問い掛けにミトは「ううん」と首を振る。 「失敗したかな。こっちの話が終わった時点で連絡を入れておくべきだったか」  栄一の呟きに「えええええ」とミトが大袈裟に非難の声を上げる。 「それはえええええええだよお。そしたら遊べなかったじゃあん。ゼッタイ、ジャングルもクルーズできなかったし、ハニーもハントできなかったよお」 「いや。合流してから四人で遊べば」 「それはムリ」  何が無理なのか。もしかしたら適当に言っているだけかもしれないがミトは力強く言い切った。栄一の台詞は途中で遮られてしまっていた。 「ええと」  栄一はミトの意見に反論やらの抵抗は試みず、 「俺は鈴木に。ミトさんは優蔵さんに連絡を入れて返信を待ちますか」  話を先に進める事を選んだ。また何か言われてしまうかもしれないとも思ったが、 「はあい。それじゃあそうしてみましょうかあ」  ミトは素直な返事をしてくれた。  ほっと軽く気を抜きながら栄一は取り出したスマホで鈴木にメッセージを送る。  本当だったら栄一と鈴木とミトと優蔵の四人でグループを作っておけば、こうしてそれぞれが個別にメッセージを送るなどというまどろっこしい事をしなくても済んだはずなのだが、あの時は優蔵と連絡先の交換をする事が精一杯でそこまで話を進める事は出来ず、また積極的にそういった話を進めようとも思えず、そこから先はたった一往復の業務連絡しか遣り取りをせずに今に至っている為、四人はそれぞれの連絡先をただただ知っているだけでそれを上手には活用する事が出来ていないでいた。 「昼に合流じゃないのか。過ぎたぞ。今、何処に居る?」  それに対する鈴木からの返信は異常に早かった。しかし、 「今、どんな状況だ?」  それは栄一から送ったメッセージに対する答えにはなっていなかった。 「おいおい」と多少は呆れながらも栄一は鈴木からの質問に答えてやる。 「取り敢えず話は済んだ。昼までは時間があったから園内を回ってた」 「なんだ楽しくやってるのか?」 「まあ。詰まらなくはないな」 「ははは。オッケー。じゃあもうしばらくは別行動で良いな?」 「おいおい」と栄一はさっきも思った言葉を今度は実際に打って送る。  だが返信が無い。十五秒、三十秒、先程まではすぐに返ってきていたメッセージが幾ら待っても来てくれない。一分が過ぎて、三分が経過した。  何だろうか。全くもって音沙汰が無くなってしまった。 「鈴木」と栄一は唸るみたいに呟いた。  栄一が送ったメッセージにはすぐに「既読」の印が付いた事から、問題無く鈴木の元には届いているはずなのだが、 「届いてはいても読めてはいない可能性がゼロではないのか」  その瞬間に鈴木が何者かに目を塞がれたとか潰されたとかスマホを取り上げられたとか画面を壊されて、もしくは日頃の行いの悪さからこのタイミングで自然に壊れて何も映らなくなってしまったといった事件や事故が起きていたとすれば、「既読」の付いたメッセージも本当の意味では鈴木に届いていないという事になる。 「むしろそうであれ」  そんな事にはなっていないだろうと思っているからこそ、栄一は軽く呪いの言葉を吐いてみた。だが、もしも本当にそんな事になっていても困るだけなので、 「嘘だ。そうあるな」  と栄一は呪いを取り消す。  ものがものであるだけに気軽な取り消しなど出来なかったらどうしようかとほんの少しだけ心配になりながらも栄一は、それは横に置いておいて、ミトに話し掛ける。 「鈴木の馬鹿はまだ別行動とか言ってますが優蔵さんの方は何て言ってます?」 「同じだねえ」と答えた後、 「どうするう?」  ミトは栄一を見た。 「どうしましょうか」  栄一は考える。四人で来ておきながら終始、別行動となると何の為に四人で来たのかわけが分からなくなる。向こうは向こうで何をしているのやら気になるところでもあったが、あのメッセージの調子だと気にするだけ無駄、気にしても損か。  損と言えば、 「折角、高い入園料を払っているわけですし」  此処まで来て、ファミレスでも出来るような話だけをして帰るのは本当に損だ。  幾つかのアトラクションは利用したもののまだまだ元が取れているとは言い難い。 「もう少しきちんと楽しみますか」  栄一の提案にミトは、 「だよねえっ」  と飛び跳ねてくれた。 「じゃあ。行こっ」と嬉しそうに栄一の手を引くミトの視線の先には、鉱山とされる赤い岩山がそびえ立っていた事にその時の栄一はまだ気が付いていなかった。  それからの一時、栄一は鈴木と優蔵の事を忘れてというよりは考えないようにしてミトと遊園地を楽しんでしまった。  男女が二人で遊園地を楽しんでいれば傍目にはカップルだと映って当然だとは思うが、恋人同士にしては栄一とミトの物理的距離は遠かった。ミトとは恋人でも何でもないと分かっている当人の栄一からすれば当たり前の距離感だったが、何を思われたのかそんなマニュアルでもあるのか偶然、擦れ違った犬のキャラクターに栄一は腕を掴まれて、半ば強制的にミトと手を繋がされてしまったりなんてハプニングもあったが最終的には、 「楽しいねえ」 「異論は無いです」  仲の良い友達感覚のデートを満喫してしまった。  気が付けばもう良い時間帯だった。夏の太陽はまだ傾き始めたばかりではあったが実際の時刻はもう夜に近くなってしまっていた。 「ちょっと遊び過ぎちゃったかねえ」  ミトはえへへとはにかんだ。 「ああ。今からすぐに出ても帰りの電車は込み合いそうだな」 「もういっそ、帰りたくないねえ」 「さっきの999人が住んでるマンションにでも部屋を借りますか」 「あはは。家賃はおいくらだろうねえ。敷金礼金、一括で払えるかなあ」  冗談を言い合いながら栄一とミトは、 「足りない分は鈴木と優蔵さんにも出してもらいましょうか」 「あはは。四人で住むのお?」  鈴木と優蔵の二人に連絡を試みる。 「流石にそろそろ合流するぞ。てか帰るぞ。出入り口で待ち合わせで良いか」  栄一は鈴木にメッセージを送った。鈴木からの返信は、 「悪い。帰りの電車が込みそうだったから先に帰った。今、家だわ」  であった。 「おい!」とそのメッセージを読んだ栄一は思わず、声に出してしまっていた。 「えわあっ。なにっ? どうしたのっ?」とミトが大きく驚いた。 「悪い。取り乱した」  と詫びを入れてから栄一は「原因はこれだ」とスマホの画面をミトに向ける。 「わーお」とミトは元から大きな目を更に大きく見張った後、 「優蔵君も同じだよ。先に帰っちゃったって」  優蔵からの返信の内容を口頭で伝えてくれた。 「そうか。一緒に帰ったて事か。一声、掛けてから行けば良いものを」 「気を遣ってくれたのかねえ。帰るって言われてたら多分、私達も一緒に帰る流れになったと思うしねえ」  ううむと栄一は唸るみたいに頷いた。それは確かにそうだろう。一緒になって遊び終わった今だからこそミトと二人で楽しかったと言えるが、その途中で水を差されていたら恐らくはあっさりと手を引いていたと思われる。  それにしても水臭い。鈴木らしい気もしたが、鈴木らしくもない気もしていた。 「それじゃあ。私達も帰ろうかあ」  名残惜しげにミトは言った。  小さな声で「明日もお仕事あるしねえ」とも呟いていた。 「そうですね」と返した栄一の声も小さかった。  久し振りの遊園地は思っていたよりもずっと楽しかった。後ろ髪を引かれる思いではある。だが栄一は四人で遊園地に行く日にちを木曜日の今日ならと言い出した事に関して後悔はしていなかった。良く言う話だが、 「楽しい事は物足りないくらいが丁度良い」  満足をしてしまったら終わりだ。 「お腹いっぱいで苦しくなるより、おかわりしたいくらい美味しかったなあで良いのかもねえ。いっぺんに食べ過ぎても太っちゃうしねえ」  ミトも同意してくれたような事を言ってくれた。  栄一は、 「では。帰りますかっと」  大きく伸びをしてからミトの事をかえりみる。 「はあい」  嘘みたいな夢の国を背景に顔全体で笑う小さなミトの姿は本当に可愛らしかった。  あのまるでボディーガードみたいだった優蔵が護衛対象のミトを置いて先に帰ったという事の違和感に栄一が気付くのは随分と後になってからだった。

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