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第19話
店の外側を周って裏口から中に入る。
明らかに関係者以外立ち入り禁止の区域と思われる地味で簡素で無機質な店の奥側は、独自の強いコンセプトを体現している店の外観、及び店内とはまるで正反対のように感じられた。
裏口から入ってすぐ、店内から見れば奥のまた奥になるだろうか、パネルタイプのパーテーションがドアの代わりに設置してあった小部屋に栄一は通された。
いや、押し込められたと言った方が正しいだろうか。
部屋の出入り口までは前を歩いていた彼女が急に立ち止まると、掴んでいた栄一の腕を大きく引っ張った。意外に強い力だった。不意であった事とその力の強さに驚いてしまった栄一は少しも堪える事なく部屋の奥へと転がり入る。
「何だ? 何なんだ?」
慌てて見回すが部屋の中には栄一以外、誰も居なかった。
意味も分からぬまま、袋叩きにされるような展開ではないらしい。栄一は、様子を窺うみたいにゆっくりと立ち上がった。
栄一の目に映るのは壁とカーテンとアルミ色したロッカーとパーテンションの前で仁王立ちしている奈月の姿だけだった。
「鈴木から何を聞かされてるか、聞かされてないか知らないけど」
奈月が言った。だが何を言っているのか栄一にはさっぱり分からない。
この状況だ、正常でなど居られるわけもない栄一は目の前の奈月の声が記憶の中の彼女の声とは全く違っていた事に気が付いてなかった。気にしてもいなかった。
「迷惑なんだよ。勘違いしてんじゃねえ」
言いながら奈月はてきぱきと自らの衣服を外し始める。
それは、何だか更衣室らしきこの場所には適合していた行動ではあったが、彼女の目の前には今、栄一が居た。
「待て待て待て。おい。止め」
栄一は顔を真っ赤に染めて横を向く。だが栄一も男だった。顔は横に向けながらもその目は勝手に奈月を見ていた。奈月の細くて長い指が着ているブラウスのボタンを一つまた一つと外していく。その指の動きの艶めかしい事この上無く、栄一の目は無意識の内に釘付けとなってしまっていた。
鈴木を含めた周囲の友人知人達からはクールだの硬派だのといった評価をされがちな栄一であったが本人の自覚としては全くそのような事はなかった。
藏重栄一はもっと単純な人間だ。
最近で言えばミトの可愛らしさに当てられて十二分にときめいたし、今も奈月の指先の動き一つでむらむらと劣情を催していた。非常に簡単によろめいてしまう。
前を留めていた全てのボタンを外し終えた奈月は、下着の類ははじめから着用していなかったようで、首からへそまでの一直線を肌の色に変えるとまるで勝ち誇ったかのようか表情で「はい。残念」と口にした。
次の瞬間、奈月はブラウスの前立て、前合わせの部分をばっと大きく広げた。
つるりと滑らかな彼女の胸が栄一の眼前に広がった。
奈月の肌本来の色なのかそれとも今現在、少しばかり血色が良くなってしまっているだけなのか、ほんのわずかにピンク色をした肌と、それとはまた違った淡いピンク色の乳首が二つ見える。栄一は思わず生唾を飲み込んでしまった。ごくり。
「よく見ろ。俺は男だ」
怒っているような、もしくは脅すみたいな低い声で奈月が言った。だがそんな事を言われても栄一は「え?」と意味が分からずに「ん?」と首を傾げる。
「はあ」と一応は頷いてみたものの今、栄一の目に映り続けている肌色と二つの淡いピンク色は奈月の台詞と整合性が取れていなかった。
もっとちゃんとしっかりと考えれば辻褄を合わせる事が出来るのかもしれないが、正直を言って、それどころではなかった。
目の前の衝撃が強過ぎて、頭が全然、回らない。
藏重栄一は今、生まれて初めて「女性」の胸を生で見ているのだ。
赤ん坊の時に見ているはずの母親や幼稚園でのプール等で見たであろう同い年の子達の胸を「女性の胸」とは言わないのと同じように、先程の言葉を真に受けるならば生物学的には男性である奈月の胸も栄一の意識としては完全に「女性の胸」だった。
「女性の胸」でしかなかった。即ち「おっぱい」である。
「だ、か、ら」と言った奈月の言葉は栄一には聞こえていなかった。
ただ「だ、か、ら」のリズムでおっぱいが近付いてくる、いや、おっぱいが大きく広がっていったような感覚には襲われていた。
アルバイトをしているラーメン屋では店長だと勘違いされてしまう事もあるような風貌でも実際は十八歳の若者である栄一は当然のように勃起してしまっていた。
自分でも驚きだった事に痛いくらいに屹立した陰茎は数秒が経ち、十数秒が経っても少しも収まる様子はなかった。いつもなら瞬間的には固くなろうとも自分で処理をする間もなく自然とすぐに落ち着いてしまうというのに。
「それは引っ込めろ」
いつの間にかすぐ目の前に居た奈月の膝が栄一の股間に触れた。
何がどうなっているのかこの状況を理解しようとするよりも前に優しい刺激が強い衝撃となって栄一の全身を駆け巡った。
「うッ」と栄一はその場にうずくまる。
腰から下の力が抜けて、がくんと膝から落ちてしまったのだ。
嗚呼。分泌された脳内物質が栄一の精神を一時的に支配する。
少し経ち、様々な感情から解放された栄一が我に返ったその時にはもう目の前からおっぱいは無くなっていた。元い。奈月の姿は無かった。
「えっと」
結局、何だったのだろうか。まだ栄一の心臓はどきどきとしていた。
喫茶店を出たところで奈月に声を掛けられた。こんな所にまで連れて来られたかと思ったら唐突に奈月が服を脱ぎ始めた。露わとなった奈月の胸に栄一は大興奮をしてしまった。ふと気が付けば栄一は一人、取り残されてしまっていた。
「何だったんだ。本当に」
栄一の呟きが聞こえてしまったのだろうか、パーテーションの向こうから、
「あれえ? 誰か居るのお?」
と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
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