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第20話

    「泥棒とかじゃあないよねえ?」  そんな事を言いながらひょっこりと顔を覗かせたのはやはり、 「ああ。ミトさん」  だった。 「くらしげ君? 何やってるの、こんな所で」  ミトは目をまんまるにして驚いた後、 「ダメだよお。私に会いたくなっちゃったからって忍び込んで来ちゃったらあ」  冗談を言ってくれた。 「違いますよ」と栄一は遠慮無く笑わせてもらった。 「じゃあ本当に泥棒さん? それもダメなんだよお」 「それも違います」 「そしたら覗きだ。ここって従業員用の更衣室だからねえ」 「ええ? 更衣室っぽいとは思っていましたが本当に更衣室なんですか。出入り口に鍵が掛からないどころかドアも無いのに」 「またまたあ。わざとらしくそんなコト言っちゃってえ」 「違いますから。俺は覗きではないです。けれども此処が更衣室なら早く出ないと。誰かに見られたら大騒ぎになりますよね。それこそ覗きか痴漢と間違われそうな」 「それってホントに間違いなのかなあ?」 「間違いですよ!」 「あはは。くらしげ君が怒ったあ」 「いや。笑えないですって」 「ごめんねえ」 「あ、いえ。最初に来てくれたのがミトさんで良かったですよ。本当に」  ミトのお陰か栄一の胸の鼓動はもうすっかりと普段の落ち着きを取り戻していた。 「それでえ。ホントはどうしたのお? こんな所でえ」  更衣室だと言われた部屋からはさっさと逃げ出した栄一にミトが尋ねた。  しかし何と説明をすれば良いのだろうか。かいつまもうにも要点が分からない。 「実は」  と栄一は店を出た直後からの出来事を全て正直に話すしか答えようがなかった。  長くはなかったとは思うが茶々も入れずに黙って終わりまで聞いてくれたミトは、 「あ~」  と変な顔をした。 「私が喋ったわけじゃあないんだけど。くらしげ君が奈月ちゃんのコトを女の子だと思ってるってコトを奈月ちゃんは知ってたからあ。奈月ちゃんはくらしげ君が自分を目当てに店に来たストーカー的なお客様だと思ったのかもねえ」 「はあ? 何でですか。俺がこの店に来たのは今日で三回目ですよ」 「こういうのって回数じゃなくて気持ちの重さの問題だからねえ」 「何の気持ちも持っていませんでしたよ」  栄一の台詞は過去形になっていたが意識して発言したわけではなかった。 「あはは。分かってるよお」  どこからどこまでを分かっているのかミトは笑った。 「ただチョット、タイミングがねえ。チョットだったんだよねえ」 「何です?」と栄一は首を傾げる。 「えっと。なんて言えば良いのかなあ。テンパっちゃってる感じ」 「ふむ」と栄一は頷いた。答えにはなっていなかったがそれ以上は教えてくれそうにない事は察せられた。またミトは奈月に悪気は無かった事、だがこうなった理由は奈月にあって栄一が悪いわけでもないのだと当事者の二人共をフォローしてくれているように栄一には感じられた。 「それでは」  と栄一はミトの意を汲んで話を終わらせにかかる。 「俺は帰りますね。奈月さんによろしく、は伝えてもらわない方が良いのか。本音としては一度、きちんとお話はしておきたいですが。もう関わらない方が良いのかな」  ミトからの返事は、 「ん~」  と曖昧なものだったが栄一は追求などしなかった。      栄一が去った後のバックヤードで一人、 「これは。奈月ちゃん、逆効果だったんじゃあないかなあ」  ミトは同情的な苦笑いを浮かべた。それから、 「それにしてもイマドキ吊り橋効果だなんて。やっぱりくらしげ君はピュアだなあ」  まるで何かを懐かしむみたいにその目を細めた。      栄一のスマホに鈴木から「悪かったな」というメッセージが届いたのは喫茶店からの帰り道、駅に着くその直前の事だった。  通行人の邪魔にならぬよう駅構内の壁際に陣取って栄一はメッセージを返す。 「何がだ? 送信相手を間違えていないか?」 「藏重で合ってるよ。今ミトさんからメッセージが来て、藏重が奈月さんに絡まれたらしいって聞いた。多分、俺絡みの案件だ。巻き込んじまって悪かったな」 「どういう事だ?」と打ってしまってから栄一は、 「聞かない方が良いか?」  と続けてメッセージを送信した。  それからほんの少しの時間を置いて届けられた鈴木からの返信は、 「何処かで会って話せるか? 気軽に漏洩されたくない情報なんでな」  今現在メッセージの遣り取りに使用しているこのアプリの関連会社が日本国内5万1543人分のユーザーの個人情報を漏洩させてしまったという昨夜のニュースに因んだブラックジョーク的なものだった。 「ええと」と栄一は駅構内の壁際で独り小さく呟いてしまった。  鈴木からのそのメッセージはウイットに富もうとしている事から随分と心に余裕はあると見るべきなのか、いや普段の鈴木と比べても面白いジョークでは全くなかったのでむしろ余裕なんか少しも無いと見るべきなのか、とても判断に困るものだった。

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