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第22話

    「マジか」  と鈴木はつい先程と同じ台詞を先程以上に大きく目を見開きながらに言い放った。  大変に驚きはしていたが怒っていたりはしていないようだった。 「彼女はオトコだぞ?」と鈴木はたった一言の中に大きな矛盾を押し込める。 「ああ。奈月さんにも今日、今から何時間か前にそんな事を言われた気がする」  栄一は、鈴木に向かって言ったというよりは単純に今、その事を思い出していた。 「オトコでも良いのかよ?」 「どうだろうな」と栄一は考える。詰問というほどではなかったものの鈴木の口調は幾らか強めであった。が栄一は意図せずにその圧を上手にかわしていた。 「その辺り、俺には実感が無い」  栄一は素直に吐露をする。 「鈴木や本人に幾ら『男性だ』と言われても俺には女性としか思えない」  そんな栄一の言葉を聞いて、 「そうか」  前のめりとなっていた鈴木は込められていた力を抜いて、ばふっとソファに背中を預けた。それから、 「俺は」  と視線を宙に向けながらまるで独り言のように呟いた。 「女装も化粧もしてない彼女の素顔を知ってる」 「うん」 「もしかしたらって思いはあった。でも。やっぱり。彼女の本当の姿を知っても俺の想いは少しも冷めなかったんだ。むしろ。俺は」  言葉に詰まった。コーラで喉を潤す。栄一の目を見た。鈴木は言った。 「俺、奈月さんに交際を申し込んだ。昨日だ。返事はNOだった。でも俺はまだ諦められない。彼女が自分の性別を理由に断ったんだったら。そう思えて。諦めちゃいけないような気がしてる」  鈴木の独白を聞きながら栄一は思った。昨日か。そうか。昨日の今日だ。  ミトが言っていた「タイミング」とはこの事か。昨日の今日のタイミングで鈴木の友人の栄一が久し振りに店に現れたりしたせいで、奈月に何か勘ぐらせてしまったというわけだ。もしくは「テンパっちゃってる感じ」とミトが言っていたように単純に気が立っていたのかもしれない。 「彼女が自分の性別を理由に断ったんだったら」と言う鈴木の気持ちも分からなくはないし、立派な心意気とも思えるが、それはそれとして相手の奈月が実際に「NO」と言っているのだから、 「大丈夫なのか。鈴木。心理的に、こう、視野狭窄になってやしないか」  厳しい言葉とは分かっているが栄一は言ってやらねばならなかった。 「アイツには俺しか居ない、俺にはアイツしか居ない、俺がアイツを幸せにしてやらなきゃいけないだなんていうのはストーカーの常套句だぞ」 「ああ」と鈴木は苦笑した。 「もう少しだけ。そうだな。彼女にカレシか、別にカノジョでも良い。誰か良いヒトが居るならきっぱりと諦める。彼女の運命の相手は俺じゃあなかったって思える」 「怖いな。そうやって『運命の』とか言われると。心配になるぞ」  眉根を寄せた栄一に鈴木は、 「何だったらお前でも良いぞ。彼女のカレシ」  イタズラ坊主みたいな笑顔を見せた。 「勝者の余裕か?」  眉間のシワを更に深めて栄一が返す。 「何の勝者だ。何も勝ってねえわ」 「いや。鈴木で振られるなら俺はもっと無理だろう」  栄一は早々に敗北宣言をしてしまった。  人には好みというものもあるだろうが鈴木も栄一も見た目が凄く良いとか凄く悪いという事はなく、小学生のように足の速さを披露する機会も無ければ、中高生のように部活で頑張っている姿を見せたりやクラス内で良いポジションを確立しているからといった要素も無い。同じ職場にも居なければ、遊びのグループが同じというわけでもない完全なる個人と個人で考えれば、コミュニケーション能力の抜群に高い鈴木に栄一が勝てるとは全く思えなかった。  栄一のバイト先のラーメン屋のパートのオバちゃんとの関係性もそうであるし、栄一とミトを二人にする為といった目的はあったにせよ、遊園地という場所でほぼほぼ初対面な上に愛想の全く無かった優蔵を相手に長時間を過ごせたという事実も凄い。  苦笑すらもせず真顔だった栄一に鈴木は、 「藏重は俺を過大評価してるか自分の事を過小評価してるな。もしくはその両方か」  と言ってくれたが栄一はそれをただの社交辞令だとして聞き流してしまっていた。  等々と無駄話も挟みながら話し合いはもう少しだけ続き、二人のコーラとオレンジジュースが空になった頃、 「それにしても」 「だな」  栄一と鈴木の二人はふと我に返ったみたいに苦笑い顔を見合わせる。 「個室で。周囲の目は無いけどなあ」 「防音ぽいし。普通に喋ってる分には他人の耳を気にしなくても良いのだけれども。マイクを通して熱唱されると」 「意外と隣りの部屋の歌声は聞こえてくるっていうな」  鈴木はわざとらしく溜め息を吐いた。 「真面目なトーンで真面目な話をするにはちょいと向いてなかったかな」 「いや。そもそも鈴木という存在が真面目な話には向いていないんじゃないか」  鈴木はちょうど壁の向こうから漏れ聞こえてきていた音楽に合わせて、 「うっせえわ」  と叫び声を上げた。  二人は「あははははは」と大口を開けて笑ってしまった。  マイクは通っていなかったがその大きな笑い声は隣りの部屋にまで届いてしまっていただろうか。 「次回、何か密談をする時にはどっちかの自宅か、もしくは安めのラブホとか」 「どちらも嫌だな。鈴木と二人で過ごすのは」 「だったら逆に野外か。海とか土手とかグラウンドとか見渡せるような場所で話して誰かが来たのが見えたら中断するとか」 「色々と面倒臭そうだな」  鈴木も栄一も「次回」は無いだろう事を分かっていながら冗談を言い合っていた。  その冗談が、 「外はイヤ。気分的に。落ち着かない」  たったの十数時間後の翌日、栄一の身に現実となって降り掛かるとは思ってもいなかった。 「自宅なんか知られたくないし。君の家にも行きたくないから」 「いや。けれども」 「良いよ。ラブホの休憩で。安いトコロならカラオケ屋と同じような値段じゃない」  とても男をホテルに誘っているとは思えない表情で不機嫌そうに奈月は言った。

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