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第2話
ベッドの上、まるで偉そうに股を広げて座り込んでいた浜岸理人の膝と膝の間に東村幹雄は入り込む。土下座するみたいに頭を下げて……一息でえいっと理人のちんこを口に咥えた。深く咥え込んだ。
自分のちんこよりも一回りは太いちんこだった。遠い夏の日――子供の頃にふざけて口に咥え込んだサイダーの缶を思い出す。長さで言えばサイダーの缶よりもずっと長い。とてもじゃないが全部は咥えきれなかった。
……味はしない。
もっと苦かったりしょっぱかったりするかと思ったがそんな事はなかった。ただ、鼻先にある理人の陰毛からふわりと――ボディーソープだろうかそれともコロンか何かの匂いだろうか――良い香りは漂ってきていた。幹雄は笑いそうになる。
……こいつ、フェラチオされると思ってゴシゴシとちんこを洗ったのかな。髪の毛を洗うみたいにしゃかしゃかと陰毛も洗ったのかな。それは重要なエチケットなのかもしれないが風呂場で一人、あの浜岸理人がそんな事をしていたのかと思うと。
「……ぶふ。ぶぶぶ……」
理人のちんこを口に咥え込んだまま幹雄はやっぱり笑ってしまった。
……意外と可愛いところもあるじゃねえか。浜岸のヤツ。
幹雄はそうしてただ笑っただけだったのだが、
「お? おおお……。……良いな今の」
理人には褒められてしまった。理人のちんこを口に入れたまま笑った事で絶妙な刺激が理人のちんこに伝わったようだった。
「何だ。本当に上手いじゃないか」
理人は感心していた。ふふん、見てみろ、簡単じゃないかと幹雄は得意気になる。
簡単な事をして感心されたという事はつまり、裏を返せば理人にそれだけ侮られていたという事でもあったが幹雄は、
「ふへへ。だろお。おえはへはあへえんだ」
理人のちんこを口に頬張ったまま偉そうにのたまった。……何を言ったのかは本人にしか分からない。
「ああ……。いいな。いいぞ」
言いながら理人は幹雄の頭に手を伸ばす。髪に触れる。頭の輪郭を確かめるみたいにそっと撫でる。
「んおッ?」と幹雄の頭が小さく跳ねる。下の歯がちんこの裏を擦った。
「痛ッ」と理人は反射的に顔をしかめたが実際にはたいした痛みではなかった。
その声を聞いて幹雄は「あ」と理人のちんこから口を離す。
「悪い。すまん。歯が当たったか。痛いよな」
「いや。俺が急に触ったりしたからだろう。悪かったな。つい触りたくなったんだ」
理人の言葉に幹雄は「…………」と黙ってしまった。幹雄は考える。自分も以前、今の理人と同じようにペニスを歯で引っ掻かれた事があった。その時はその女に何と言ったっけか。殴ったりなんかは絶対にしていないが反射的に「痛えな。バカッ」と怒鳴ったりはしてしまったかもしれない。
それが理人は怒るどころか「急に触った自分のせいだ」と謝ってきた。……理人が優しいのかそれとも自分が酷い奴だったのか。幹雄は考えていた。
「……東村? 何だ。もう終わりか?」
黙っていた幹雄を理人がまた挑発してきた。……とてもじゃないが「優しい」奴のセリフとは思えないな。てことは。こいつが「優しい」わけじゃなくて俺が「酷い」だったのか……? 俺はセックスが「下手」以前に「酷い」セックスをしてたのか?
本命の彼女は勿論、他の浮気相手に対しても幹雄は何も「酷い」事をしようとか、してきた自覚は無かった。むしろ女を喜ばせているくらいに思っていた。けれども。自覚が無かっただけで本当は「酷い」事を相手にし続けていたのだろうか。
「…………」と東村幹雄は考え込んでしまった。その後、
「……浜岸」
「何だ?」
「ちょっと……これから俺が言うように俺の事を扱ってみてくれるか?」
幹雄は理人にちょっとした実験の協力を申し込んだ。
同期入社の東村幹雄は初めて会った時から今も変わらずに軽薄でお調子者でよく笑い、またその笑顔に愛嬌があって人好きのする奴だった。更に言えば、幹雄も幹雄で自分が「憎めない奴」であると自覚しているようでもあった。自分とは本当に正反対の人間だと理人は思っていた。
その言動は分かり易くて、考えも浅い馬鹿だからそんな幹雄を許容出来る人間ならば気軽に付き合える。言葉や行動の裏を読まなくても良いのだ。利口な人間を相手にする時のように深読みや裏読みで頭や心を疲れさせる事も無い。
そんな幹雄が急に変な事を言い出した。
話を聞いているとどうも手荒というか雑に扱ってほしいようだった。
東村幹雄はMだったのか? それとも今、Mに目覚めたのか? ……冗談だ。
自分のセックスが下手だったのか上手だったのかの判断を理人に委ねる――延いては自分のセックスのテクニックを理人に見せ付けてやるぜと意気込んでいたはずが、その途中で心境の変化があったらしく、今は「東村幹雄のセックス」を理人に演じてもらって体感し、何やら自分自身で判断を付けたく思っているようだった。
幹雄は今、理人のペニスをしゃぶっていた。深々と口に含んで舌を動かしていた。……動かしてはいたがどうも単調な動きだった。
「物足りないとか、もどかしく感じたら腰を使って主張してみてくれ――か」
理人は事前に言われていた通り、腰を軽く前に突き出してみた。ペニスの先が何かに触れる。
「おごッ!?」と幹雄が音を出した。嗚咽と言うのか、えずきと言うのか。
「東村――」
理人は反射的に謝るというか気遣いそうになったが「行為の最中は謝ったりしないでくれ――だったな」と思い出して口を閉じる。
「んッ。ふう。んッ……」と幹雄は目に涙を溜めながらも頑なに理人のペニスをしゃぶり続けていた。意固地になっているようだった。
ただ本人の頑張りも虚しく、残念ながら幹雄のフェラチオは「上手」から程遠く、
「……同じところばっかり舐められてもな、と」「――がはッ!?」
「もっと唇も使ってみろ。きゅっと締め付けろ。それで動くんだ。こう、こう、こうやって――動くんだ」「あがッ、がッ、がッ、がはッ!? ぐえッ!」
「おい。舌の動きが止まってるぞ。休むなら止めろ。止めないなら休むな」「おッ、えッ、えッ、おえッ、ええッ、おえッ!? ええッ。えッ、えッ、えッ――」
最早、フェラチオというよりもイラマチオになってしまっていた。しゃぶっている側の幹雄ではなく、ペニスをしゃぶられている理人の方ばかりが動いていた。
幹雄からのリクエストにお応えして、理人は自分勝手に腰を使う。それでも理人が感じる刺激は物理的なものよりも精神的なものの方が強かった。
友達ですらない会社の同期にペニスをしゃぶられているのだ。経緯はともかく行為としては「無理矢理にしゃぶらせている」ようだった。シチュエーションがヤバい。
非日常的――いや、非現実的な体験だった。
……興奮が抑えられない。
「おぐッ、ぐッ、んぉッ、んッ……」
幹雄も幹雄で――良くも悪くも落ち着きのないあの東村幹雄が嘘みたいな従順さで理人のペニスをしゃぶっているのだ。……これは夢かと笑ってしまう。
「ああ……東村。そろそろイキそうだ。吸え。吸え。そうだ。イクぞ。イク――ッ」
声を掛けて、最後の瞬間には相手の頭を押さえる――これもまた幹雄に求められた行為だった。普段の理人ならばやらない。やった事の無い行為だった。
口にペニスを突っ込まれたまま頭を固定されて、逃げるに逃げられなくなっていた幹雄の口内に理人は射精した。
涙目どころか確実に涙の粒をこぼしている濡れた泣き顔を見下ろしながら、理人は遠慮無く果てた。
「ふぅ……」と少しの余韻を味わった後、理人は強くすぼめられていた幹雄の口からペニスを引き抜く。――スポンッと小気味好い音が聞こえてきそうだった。
「東村」と理人は幹雄の頬に手を当てる。
「見せてみろ」
「……んあ」と。言われて幹雄が口を開く。それから、
「ん……ッ」
まだ何も言われてはいないのに幹雄は口を閉じた。喉を鳴らす。……えずきながら何度も鳴らす。下を向いて――ぷはぁ~ッと息を吐き出した後、顔を上げて真っ赤な目を理人に向けた。
「飲んだのか?」
理人の問い掛けに幹雄は、
「……んあッ」
とまた口を開く事で答えた。それはどこか得意気な顔にさえ見えた。
幹雄の口の中、さっきはあった白濁した粘液がきれいに無くなっていた。生々しいピンク色が見える。
「……偉いぞ」
理人は幹雄の頭を撫でてやった。
幹雄は、
「へへへ……」
と照れたみたいに笑った。
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