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運命とはなんぞや 7
……久々にぐっすりと寝た気がする。
いくらなんでも新しい環境に慣れるのが早すぎるだろうと自分を笑って、それでもまだ早い朝の気配に傍にあるぬくもりにすり寄って……。
「……っ!?」
瞬間的に覚醒した。
傍にあるぬくもり?
お気に入りのぬいぐるみと一緒に寝るような可愛い性格はしていない。たとえしていてもあの火事で持ち物は全部焼けた。
それならこれは?
人肌。人肌のぬくもりはずばり人の肌だ。
「……っ」
本当に驚いた時、人は悲鳴なんか上げられない。
とにかくその人を起こさないように息を潜めてベッドを抜け出す。それから永遠にも感じる時間をかけてドアに辿り着き、音を立てないように部屋を出た。
耳の奥でドッドッドッと血液が流れる音が聞こえて、呼吸を忘れるくらい脈が速くなってるのを自覚する。
誰かいた。
普通に誰か寝てた。
スマホは充電したまま置きっぱなしだ。リビングに電話はあるだろうか。
もつれそうになる足を必死に前に進めてドアを開けてリビングに飛び込む。
「あ、おはよう種田くん。よく眠れた……ってどうしたの? 悪い夢見た?」
「な、なつめさ……!」
そこには朝から爽やかなスーツ姿の棗さんがいて、ギャップで頭がくらくらした。あまりにも爽やかすぎて、本当に今のが悪い夢だった気がしてくる。
「だ、だれか、あの、誰かが」
「とりあえず落ち着いて。どうしたの?」
水の入ったコップを差し出され、とりあえず受け取って口をつけた。あ、フレーバーウォーターだ。これはオレンジとリンゴ?
「ねえ」
ふわりと香った果物の香りに緊張が解けた瞬間、再びそれを意識させる声がした。今、僕が飛び出してきたドアから。
「俺のベッドになんか小動物見たいの寝てたんだけど」
「アズサくん? ん、どうしてそっちから?」
やっぱり夢じゃなかった侵入者を見て、棗さんは不思議そうに名前を呼んだ。明らかに知り合いに呼びかけるトーンで。
「いつの間に帰ってきたの?」
「朝になる前」
寝起きの声で答えるその人は、侵入者というにはあまりにも目立つ見た目だった。
差し込む朝陽で髪の毛がキラキラと輝いて見える。こんな状況でも見惚れるくらいの見事なプラチナブロンド。
「あ、もしかしてベッド入った?」
「そりゃ俺のだし」
「種田くん寝てたんでしょ?」
「害はなさそうだったから」
人の寝ているベッドに潜り込んでおいて、なぜかそっちが偉そうに居場所を主張している。こちらは心臓が飛び出そうなほど驚いたのに。
そんなに言うんだったら起こしてくれれば僕はどこでだって寝たのに、普通一緒に寝るだろうか。まあ、疲れていたせいかそのまま寝ていた僕も僕で危機感が足りなかったけど。
「ごめんね、種田くん。アズサくんはあの部屋の前の住人でね。出ていったんだけど、たまにこうやって帰ってきちゃうんだよね」
「出ていったんじゃなくて連れてかれただけ」
どうやら事情を悟ってくれたらしい棗さんが説明してくれたけど、やっぱり不満げに唸ったその人は大きくあくびを1つ。
「棗さん、俺たまご食べたい。ぐちゃぐちゃのやつ」
それから何事もなかったかのように大きなクッションに沈み込んで注文をしている。
「種田くんを驚かしたことをちゃんと謝りなさい」
「でも気持ちよさそうに寝てたし、くっついてきたのそっちだし」
「アズサくん」
「今度は声かけてからにする」
「もーごめんね種田くん。悪い子ではないんだけど」
「はぁー……ねむ」
棗さんの言葉も意に介さず、そのまま寝てしまいそうにまた大あくび。
その一連の動作をただただ呆気に取られたまま黙って見送って、肩をすくめた棗さんがキッチンに入ってもまだその場に立ち尽くしていた。
僕はこの人を知っている。というか一度会ったことがある。
プラチナブロンドと灰色の目が印象的な、日本離れした容姿と体型のモデル。
芹沢 アズサ。「AZUSA」とか「アズサ」という名前で活動していて、確か年は25で身長は180だったか181だったか。
通称、孤高の狼。
最初に聞いた時はなんという呼び名だと思ったけれど、ハイブランドのモデルをしている時の様子は確かに気高い狼に見えて、そう言われるのもわかるかもしれないと納得したものだ。
ミステリアスで、絵画の中から飛び出してきたような美形っぷりは男でも見惚れるほど綺麗だと思う。
……我ながら芸能人にはとても疎いと思うけれど、そんな僕がどうしてこの人を知っているのか。簡単な話。昔、実際会ったことがあるからだ。
と言っても最初から自分でファンになって会いに行ったわけじゃない。
5年ほど前の話。その時お世話になっていた家の子に頼まれたんだ。写真集のお渡し会というものがあるけど、どうしても行けなくなったから代わりにサインを貰ってきて欲しいと。
たくさんの女の人の中に男はほとんどおらず、ましてや男子高校生は目立ってだいぶ恥ずかしかった。
それでも、そんな気持ちは本人を目の前にして吹き飛んだ。あまりに現実離れしたかっこよさだったから、それで頭が埋め尽くされてしまった。
しかも何十人とサインし終えているのに疲れた様子も見せず、変わらぬ綺麗な顔のままサインして握手をしてくれた。
少し体温の低い、しっかりとした感触は意外と男らしい手で素直にかっこよかった。
まるで異世界の人と会ったかのような印象深い記憶で、僕にとっては大事な思い出だった、のに。
なんならその後も少し活動を追ったり、誰にも媚びない孤高の生き方に憧れもしたのに。
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