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運命とはなんぞや 9

「な……なんですか」 「こっち来たら」  目で示されたのは斜向かいに置かれたソファー。  ずっとここに立っているわけには行かないし、様子を伺いつつも少し離れた場所に腰を下ろす。すると相手もクッションの上に体を起こした。体を包むような大きなクッションに座ると、まるで王族のような尊大な雰囲気が出る。それがまた似合っているせいで、妙に緊張してしまう。 「なんか感じない? 俺に」 「なんかってなんですか」 「なんか、俺の顔見て」  野生生物相手だったら確実に襲われそうなくらいじっと目を見つめられて、頭が働かなくなる。その灰色の目は不思議な色合いを含んでいて、まるで催眠術でもかけているのかと思うほど神秘的だ。そんなことを思ってしまうほど、その瞳はまっすぐと僕を見ている。 「確証はないけど、俺らたぶん運命の番だと思う」 「……は?」  今さらだけど、自己紹介もまだしていない。それなのにいきなりこれはどういうことだ。  それともこれが「ご挨拶」というやつなのか。   とりあえず無視はまずいかと愛想笑いを浮かべて首を振った。  運命の番。  それはアルファとオメガの間に生まれる特別な関係のこと。ただの番ではない、引き合って惹かれ合う、それこそ御伽噺のような本当かどうかもわからない話。  それを、なにを澄ました顔で言ってるんだこの人。神秘的さもあっという間に薄れる。 「あー、運命とか、ないと思いますけど。僕ベータなんで」 「ベータ? ほんとに? でも体の相性良さそうな気がする。試したらわかるかも」 「……はい?」  なにを疑うことがあるのか、身を乗り出すように立て続けにまくしたてられて、思いっきり不審な声を返してしまった。  だってまだ会って数分、この爽やかな朝の空気の中でなにを言っているんだこの人は。  体の相性? 試す? モデルジョークかなにかだろうか。 「よくわかんないけど遠慮しておきます」  いくらわかり合えない人とはいえ、この感じだとこれっきりというわけではなんだろう。だったらあまり強い口調で露骨に否定するのも、かと言って曖昧に流すこともできないのでとりあえずやんわりと断っておく。  けれど特に動じた素振りも見せず、むしろより一層身を乗り出して顔を近づけられた。  さすがに一般人とは思えない、神様に丁寧に造作されたみたいな綺麗な顔。涼しげで神秘的な灰色の瞳とすっと通った高い鼻、薄すぎない形のいい唇、その全部が整っている。  番という話をしているのだからきっとアルファなんだろうけど、こんなに繊細な作りの人がいるのか。モデルとして成功しているのがよくわかる。 「本当に俺見てなにも感じない?」 「ないです」 「おかしいな。病院とか行った方がいいと思う」 「どういう自信なんですかそれ」  自分のことを好きにならないのは病気だとでも言うのか。さすがにそれはナルシストを通り越して傲慢だろう。  綺麗な人だとは思うけど、運命がどうのこうのというのにはピンとこない。さっきのドキドキは、見知らぬ人間が一緒に寝ていたからこそのドキドキだ。 「アズサくん、種田くんが困ってるでしょ。絡んでないで早く食べちゃって。早いとこ連絡しないとマネージャーさん困るよ」 「連絡はした。迎えに来てって」  まるで親戚の面倒なおじさんをあしらうようにママみを発揮する棗さんに、やっぱり変わらぬトーンで返す芹沢アズサ。 「どこに?」 「ここに」  引っ越したはずの元住居に迎えを呼ぶのはいかがなものなのか。  マイペースというのだろうか。それとも飄々としているのか。もしくはただ眠いだけなのかもしれない。  たぶんベッドに潜り込んだことも、本当になんとも思っていないのだろう。  猫みたいな人なのか、はたまた僕のことを野良猫かなにかだと思っているのか。  のそのそとダイニングテーブルの方に向かう芹沢さんに、僕は大きくため息をついた。  思ったよりも大変な仕事なのかもしれない。主に人間関係の部分が。

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