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プリンの戦争と平和 1

 火事の後始末で授業の合間に市役所に行ったり消防署に行ったりと忙しい中、住むところと食べ物の心配をしなくていいのは本当にありがたかった。  棗さんに拾ってもらえなかったら、今頃こんなに落ち着いて毎日を過ごしていないだろう。  そんな中、シェアハウスでしばらく過ごしてみて、棗さんが「面倒を見ている」と言った意味をなんとなく理解した。  基本みんな夜行性で、朝はやたらと静か。食に関してほぼ全員面倒くさがりで、あれば食べるけどなかったら食べなくても気にならないくらいの考え方で生きているようだ。  洗濯はするけどかなりまとめてやる分、乾燥まで終わった大量の洗濯物が洗濯機の中に取り残されていることがよくある。だからこその3台の洗濯機らしい。  みんなお風呂は好きらしくちゃんと入るけど、疲れているとそのまま寝てしまう人もいるから多少の注意は必要。  シェアハウスのわりにみんなが集合してわいわいやるということはあまりないらしく、個々で好きに生きてるし好きに活動している。そんな印象。  つまり、このシェアハウスの住人はみんなそれぞれ才能はあれど生活が心配という人ばかりなんだ。だから建物だけ管理していればいいはずの棗さんがお世話をしていたみたい。  本業は秘書だという棗さんは性格的に世話焼きらしく、こんな人たちを前にしたらそりゃあ放っておけないだろう。様子を窺う連絡は来るけど、どうやら心配事が減ってバリバリと仕事をしている模様。  2階奥の202の空木さんは基本家から出ない。玄関を出るのもまれで、コンビニにも行かない引きこもりを極めている。  あると言えば普通にご飯を食べるしそのたびお礼を言ってくれるけど、あんまり食に拘りはないらしく油断するとお菓子ばっかり食べているダメな大人。  外に出ないゆえ外食という概念はないため、多少お節介でも声をかけて食べさせないといけない世話焼き心をくすぐる人だ。  会う時は基本的になにかに悩んでいて、その内容が毎回違うからどうもいくつかの作品を並行して書いているらしい。それだけ仕事が絶えないようで、電話がかかってくるたび嫌な顔をしている。  普段は穏やかないいお兄さん。けれど考え事がまとまらない時に家の中を歩き回っている時があって、そういう時は触れない方がいいと学んだ。  階段の目の前の201のヨシさんは、のっぽの男の人。年は僕の1つ上だそうだ。  183センチの身長に比べてだいぶ細身で、そのせいか紫苑さんのような直接的な威圧感はない。  ただ長い黒髪を無造作に結んでいるのと黒いマスクが顔を覆っているため、ほとんど表情が見えない。その上黒尽くめのファッションと背負ったベースのせいで別の迫力がある。バンドマンらしいけど、部屋の前での注意もあったから在宅仕事も多い模様。  たまに出かける時に会うけれど、頭を下げ合うくらいの距離感で長く喋ったことはない。作った夕飯は食べてくれているらしいってことは、お皿を洗っているところに出会ったから知っている。その時も頭を下げられた。  ただこの人も食に重きを置かないらしく、平気でご飯を忘れる人らしい。ダメな大人その2。  僕の部屋の向かい、102の紫苑さんは朝帰りの常習者。大体仕事で夕方に出ていき、夜中に帰ってくるか朝に帰ってくるかだから接点は少ない。けれど酔っ払って帰ってくる時はたまにお土産をくれて絡まれる。  No.1ホストは伊達ではないらしく、お客さんからもらったとやたら豪華なお土産を持って帰ってくる時もあるけれど、そういう時はアルファみが強くて少し苦手。空木さんの忠告に従って適切な距離を取ることにしている。  ご飯は基本同伴出勤の時に食べているらしいけど、遅い昼ご飯は食べているらしい。危ない大人。  接点がないと言えば203の柾さん。  たまに朝早くや夜中に帰ってきた時に数回会った柾さんは182センチとこれまた大きなお兄さんだった。  板前さんみたいなツンツンの髪で怒っているかのような強面なので少し近寄りがたいけれど、話してみると意外と柔らかく受け答えしてくれるお兄さん。  職業はなんとシェフだそうで、その中でもスーシェフという偉い人らしい。毎日仕込みのために朝早くから夜遅くまで勤務先のホテルに詰めているそうで、家にはほぼ寝に帰ってくるだけだと言う。  料理は仕事だから作るのであって自分で食べるためには作りたくないという信条の持ち主なので、家では一切料理をしないらしい。  たまに試作品として作ったと持って帰ってきてくれるスープとかドレッシングがとても美味しくて、それを使って料理すると自分で作ったと思えないくらい美味しくなるからありがたい。  棗さんの言う通り頼れるお兄さんだけど、働きすぎな気がして勝手に心配している。  そして元住人であるはずの芹沢アズサ……アズサさんは、なぜかほぼ毎日入り浸っていた。  いる時間はまちまちだけど、気づいたらクッションに埋まってだらだらしている。なんなら一番会うことが多いかもしれない。  毎日仕事は忙しいらしくメイクや髪のセットそのままに来ることもしばしばで、リビングで当たり前のようにくつろいでいる。  最初は警戒していたけれど、あまりにいることが当然の景色になって慣れてしまった。シェアハウスの住人との関係性は一応良好らしく、本当に仕事で忙しくなったから引っ越したんだろうけどこれだけ来るならあまり意味はなさそうだ。  あれからベッドに潜り込んでくることはないけれど、夜中に家に帰らないこともあるから気になりはしている。どうせ僕の方はどこでも寝られるし元々アズサさんのベッドなんだから譲ろうかと思ったんだけど、他の人に止められた。住人じゃないからと。それはそうなんだけど。  それと、よくわからないけれどどうやら僕はアズサさんに気に入られているらしい。  ただし、今は、という感じでだけど。  あまりに平然と口説くからどういう人なんだと調べてしまったら、彼女らしい人がたくさん出てきた。  アズサさんが「運命の相手」とやらを探していると口説くのは有名らしく、付き合っては違うからと別れるのを繰り返しているらしい。なんとなく仕事以外に興味のない、何事にも淡白なイメージだと思っていたけれど、普通にアルファのプレイボーイだった。  まあ、モテるのは当然だろう。この見た目だし。  それがわかったことで、最初は戸惑っていた口説き文句も、真に受けないようになり段々と動揺しなくなってきた。  アズサさんと紫苑さんという今までに会ったことのない類のアルファを短期間で摂取しすぎると言う荒療治のおかげかもしれない。

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