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プリンの戦争と平和 2
「プリンは! 俺のでしょ!」
「書いてなかった。冷蔵庫に入ってたから食った」
「確かに名前を書かなかったけど、わかるでしょプリンは俺のだって」
「でも食べられたくない自分のものには名前を書くってルールだろ。そもそも自分で買ってきてないし」
「ぐぅう……!」
大人2人がプリンでケンカをしている……。
夜、お風呂上りにリビングに行くと空木さんとアズサさんがプリンを巡って言い争いをしていた。
テレビ前のクッションに埋もれてスプーン装備の空のカップを携えているアズサさんと、その横に立ってむくれている空木さん。
どうやらアズサさんが冷蔵庫にあった最後のプリンを食べきったらしい。
一応シェアハウス内のルールとして、共用部分に置く自分のものにはわかりやすく名前を書くことになっている。ただプリンは空木さんのものという暗黙の了解があって、他の人も手を付けたりしない。
いくら名前が書いてなかったとはいえ他に食べる人がいないのだから、普通に考えれば勝手に食べたアズサさんが悪いと思う。そもそもアズサさんはここの住人じゃないわけだし。
けれど、子供みたいな理屈でも真正面から突きつけられたら、確かにそれもそうだと言えなくもない。でもってなにをどう言おうが食べられたプリンは返ってこないわけで。
「あの、僕買ってきましょうか」
「いい。行くならアズサが行くべき」
「やだ。コンビニ遠いし」
「なんのためにその長い脚があるんだよっ」
「少なくともコンビニに行くためじゃない」
不毛な言い争いをしていてもしょうがないし、必要なものを買ってきちゃうのが手っ取り早い。だからそう申し出たけれど、意地になってる2人は聞きやしない。たぶん2人とも疲れて頭が回ってないんだと思う。
「……作りましょうか?」
そういう問題じゃないのかもしれないけど、とりあえずここにプリンがあったら一旦収まるんじゃないかと提案してみると、今度は2人の視線がこちらに向いた。よほど予想外だったらしい。
「作れるの? それってすごい手間かかるんでしょ?」
「簡易で良かったらすぐできますよ」
もちろんちゃんと作ったら手間もかかるだろうし、時間もかかるだろう。それこそコンビニで買ってきた方が圧倒的に早いくらい。
でもそれっぽいものだったらすぐに作れるレシピを昔教わったことがあって、これなら簡単にできる。
必要なものは卵と牛乳と砂糖とあればバニラエッセンス、そしてマグカップ。
まず耐熱用のマグカップをお湯でちょっと温めてから砂糖と少量の水を入れて、様子を見つつレンジでチン。飴色になったら跳ねるのに気をつけて少々の水を入れてかきまぜ、カラメルの出来上がり。
粗熱を取っている間に今度は卵と砂糖と牛乳を別の容器で混ぜる。口当たりが滑らかになるよう、泡立てないようにそっと混ぜ合わせるのがコツ。そこにバニラエッセンスを数滴垂らし、それを濾しながらマグカップに注いで、再びレンジで加熱。
表面がふつふつと盛り上がってきたら取り出して粗熱を取って出来上がり。
「はい、できあがり。熱いから気をつけてくださいね」
本来なら冷蔵庫で1時間ぐらい冷やしてから食べた方がいいと思うけれど、今回は妥協してもらおう。
「えー種ちゃん天才っ」
幸い空木さんはとても喜んでくれて、すぐに機嫌を直してカップを持ってダイニングテーブルの方に座った。すでに手にはスプーンを装備している。
「んーうまぁーい。ちゃんとプリンだ。んん、できたてプリンいいなぁ。特別な感じがして幸せ」
若干、というかむしろあからさまにアズサさんに見せつけるように食べる空木さん。どうやら満足いただけたらしい。
卵だけで作ってもいいんだけど、それだと茶わん蒸し感が強いからバニラエッセンスがあってくれて良かった。たぶん棗さんがお菓子も作っていたんだろう。ここの人たちみんなお菓子好きだし。
ただやたらと揃っているスパイスの類を使いこなせるほど料理ができるわけじゃないから、力不足は否めない。棗さんは自分の料理を作るついででいいとは言っていたけれど、仕事として作るのならもう少し勉強した方がいいかもしれない。もうちょっとちゃんと栄養を摂ってもらいたい欲も出てきた。
「美味しかった。ごちそうさま」
そんなことを考えている間に空木さんはぺろりと即席プリンを平らげていた。綺麗に食べてもらえると作ったこちらとしても嬉しい。
「あ、カップそのままでいいです。熱いから」
「じゃあお言葉に甘えて」
さっきまでの不機嫌さが消えて、すっかりと表情が穏やかになっている。作った甲斐があったようだ。
「よっし仕事頑張ろう。ありがとね、種ちゃん。アズサは反省しろ」
立ち上がりリビングを去り際、しっかりとアズサさんに反省を促して空木さんは仕事に戻っていった。
なんとか事態は治まったらしい。
良かったと良かったと空になったカップを洗おうと手にした時、ちりちりとした視線が僕を突き刺した。視線の主の心当たりは一人。
まるで物理的に焼かれてるみたいな視線の強さに振り返ると、クッションから移動していたアズサさんがじっと僕を見つめていた。
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