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華麗なるデートの香り 2
「えっと、デート、ですか?」
「デートして、資料になる写真いっぱい撮ってきてほしい。バイト代出すから」
「バイト代はいらないですけどデート……」
「ベタな場所でいいからいっぱい写真撮ってきて。実際に遊んでる写真を頼む」
ふざけている顔ではない、いたって真面目な様子。
デートの資料。遊んでいる様子を撮るだけなら僕にもできる。自分で言い出した手伝いなのだから、できるならすぐにでもその要請を叶えたい。
だけど、それが難しい問題が1つ。
「デート……」
友達もいないのに恋人なんているはずもなく、デートなんてもってのほか。どういうところに行くことがデートなのかも全然わからない。
実際遊んでいる写真は誰かに頼まないと撮れない。ということはやっぱり誰かと一緒に行かないといけない。場所も含めてその心当たりがない。
話を聞いてくれる可能性があるのはここの住人。空木さんの頼みだと知れば協力してくれるかもしれない。
まず思い浮かんだのは今出ていったばかりの紫苑さん。同伴出勤とはつまりデートのことだろう。だから頼めばもしかしたら一緒に出かけてくれるかもしれない。
でも、なんとなく空木さんが求めているようなものではない気がする。大人のデートでいいなら、それこそ紫苑さんに直接頼めばいいのだろうし、そもそも紫苑さんにはあまり近づくなと忠告されている。
けれど柾さんはそもそも休みがないだろうし、ヨシさんとはなにを話していいかわからない。
デート経験のあるモテ男で、僕が声をかけられる相手、となると。
「……あ」
「たーだいまー」
ちょうどよく、当たり前のように帰ってきたイケメン。明らかに経験豊富そうなモテ男。
次から次に恋人を変えるような人ならば、デート場所も色々知っているのではないか。
いやしかし、しょっちゅういるとは言っても毎日違う時間に帰ってくるし、忙しい人であることには変わりない。なにより昨日のノリを2人きりの時にやられたら、それこそなにを話していいかわからない。
ただ他に思いつく人もいないし、ただ写真を撮るんじゃなくてデートの写真と言われたんだ。それっぽい風景を作り出すには、やっぱり登場人物が2人は必要だろう。
「カレーの匂いがする」
すんすんと鼻を鳴らしながらリビングに入ってきたアズサさん。考え事をしながらそちらを見ていたせいで、ばちりと目が合った。
なにを考えているかいまいちわからない人だけど、恋愛沙汰の経験値は僕とは比べ物にならないくらいあるはずだ。デートと言うものにも詳しいに違いない。
この際勢いで聞いてみるか。断られたらそれで終わりということで。
「アズサさん、突然ですけど明日ってちょっと時間あったり……」
「なに、デートでもする?」
まずは予定からと段階を踏んで考えていたのに、そのものずばりの答えが返ってきて、しばし口を開け閉めさせる。
いつものからかう口説きなのかもしれないけど、話が早い。
「してくれますか?」
「いいよ。俺のこと好きになった?」
「そういうんじゃなくてですね、デートっぽいお出かけをしてほしくて」
くしゃくしゃと髪のセットを乱し、ジャケットと靴下を脱ぎながらクッションに向かういつもの流れに、訂正をしながらついていく。
「だから、デートでしょ?」
「本当のじゃなくて……にせものの?」
「……それこの匂いと関係ある?」
さすが元住人、理解が早い。
これ幸いと僕は空木さんに持ち掛けられたデートの資料写真の話を説明した。僕が買って出たお手伝いに巻き込んでしまうのは申し訳ないと思うけど、カレーのことも知っていてプリンの借りもあるということでなんとか頷いてもらった。
偽物のデート、という言い方が引っかかるのか、不満そうな顔はしていたけれど約束はできたから良しとしよう。
いや、良しとするじゃなくて……冷静になって考えたら、僕がアズサさんとデートするの?
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