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華麗なるデートの香り 3

 自ら起こした事態とはいえ、よくわからずに迎えた次の日。  昨日の夜も朝も空木さんの作ったカレーを食べたけど、スパイスが効いていてとても美味しかった。その美味しさと辛さが、どれだけの気持ちがこもっているのかと逆にちょっと恐くもあり。  ともあれ、授業が1つ休講になっていたおかげでおやつの時間を過ぎたくらいの時間にアズサさんと合流できた。  そして、さっそくアズサさんに頼んだことを後悔した。  この人、とにかく目立つ。  長めの髪は後ろで結んで、それプラスキャップにサングラスで目立つ特徴は一応隠れている。服だって黒いTシャツに白いシャツを羽織って黒っぽいデニムを合わせるといういたってシンプルな格好。けれどスタイルが半端じゃなくいい分、逆に普通じゃない感が強調されてしまっている。  しかも仕事を1つ終えてきた後だからか、しっかり起きていて顔が出来上がっているためにオーラがすごい。眩しいくらいだ。 「とりあえず映画? なに見る?」 「昨日調べたんですけど、どれがいいかわかんなくて」  映画を見ると決めた時に一通り上映している映画を調べた。だけどデートっぽい映画となるとどれを見ていいかわからなかった。恋愛物がいいのかホラーがいいのか、はたまた泣くものがいいのか。  だからアズサさんが見たいのがあったら、と判断を任せると、ほんの少し考え込んだ末に目の前にあるポスターを指差した。有名なアクション大作で、一応続編だけど単体でも楽しめると書いてあったものだ。 「んじゃこれでいっか。チケット買ってくる」 「あ、誘ったの僕なんで僕が……」 「こういうのはなにを見るか決めた方が払うの。早いもん勝ち」  べっと舌を出して勝ち誇ったようにチケット売り場に向かうアズサさん。そういうものなのかデートって。……いや、そういうものじゃないだろう。普通に気を遣われただけだ。これもテクニックだろうか。  感心して見送ってしまったけれど、すぐにここに来た用件を思い出してスマホを構えた。そしてチケット売りあのアズサさんを撮影。  さすが売れっ子のトップモデル。チケットを買っているだけで雑誌の撮影みたいに決まっている。あまりにいい写真すぎて、自分のカメラの腕がいいのかと勘違いしてしまいそうだ。 「ん、もうすぐ入れるって」 「ありがとうございます」  差し出されたチケットを受け取ると、代わりのように持っていたスマホを取られた。 「貸して」 「あ」 「カメラ見て」  そのままぐいっと肩を抱き寄せられ、スマホが前に構えられる。言われるがままレンズを見ると同時にシャッターが切られる。 「デートっぽい写真いるんでしょ」  そして用を終えたスマホが手元に返ってくるまでの一連の流れがあまりに淀みなくて呆然としてしまう。とりあえず写真を確認して見れば、見事なツーショットが撮られていた。背景にはちゃんとポスターが入っていて、チケットまでちゃんと映ってるからどこでなにをしているかがわかりやすい。  なにが起こったかよく理解していない僕の顔さえ、そういう瞬間をわざと切り取ったみたいに構成されていて感心してしまった。ものすごくプロっぽい。いや、まぎれもないプロなのだけど、普段家でだらだらしている姿ばっかり見ていたから新鮮だし衝撃だ。 「ポップコーン食う? 味のリクエストは?」 「ポップコーンってそんな味あるんですか?」 「選ぶ?」  知らないことばかりの僕の衝撃はここにも隠れていて、おいでと手を引かれて売り場に連れていかれ、悩んでバター醤油を選んだ。ポップコーンって塩だけじゃないのか。  結局ポップコーンとコーラまで奢ってもらって、それがセットされた紙のトレイを手に劇場の中に入る。始まる前からわくわくがすごい。あ、これも写真を撮っておかねば。 「こういうの持ってると、映画見るって感じしますね」 「巴、なんか今日すげーかわいいね」 「……こういうの初めてなんで」  子供っぽい様を指摘された気がして恥ずかしいけど、浮かれているのは事実だからしょうがない。  だって映画館で映画を見るような習慣がなかったし、一緒に行くような友達もいなかったからこういうのはほとんど体験してこなかった。だから、ふりのデートとはいえ誰かと出かけることが楽しくなって浮足立ってしまった。  反省。ちゃんとお仕事しよう。  とはいえ映画中はもちろん写真を撮ることはないから、普通に映画を楽しんだ。  確かに続編だったけど知らなくても大丈夫なストーリーだったし、大きなスクリーンとスピーカーの迫力ですっかりのめり込んで見ていたらしい。気づいたら飲むのも食べるのもほとんど忘れていた。 「楽しかったようでなにより」  いつもの飄々とした顔だけど、口の端が笑ってる。どうやら見入っている様子を横からしっかり見られていたようだ。  恥ずかしいけど、とりあえず一番小さいサイズのポップコーンにしてもらっておいて良かった。 「ちなみに、前作見たかったら家で見られるから」 「え、そうなんですか?」 「テレビでかいから暗くすると結構雰囲気出る」 「それこそ映画館みたいですね」 「見るならポップコーン買ってく」 「……今度はキャラメルがいいです」  なんとなく面倒なおもちゃを与えてしまった気がする。半ば開き直ってリクエストすると、「了解」なんて無駄にかっこよく返されたから、ため息を吐いた。 「さて、なんか軽く食ってから買い物行くか」  切り替えてそうですねと答えながら、大きく伸びをして体を解すアズサさんをパシャリ。  本当に、どの瞬間を撮っても絵になる人だ。そして改めてとても目立つ。  映画を見るために外したサングラスはシャツの胸元に引っ掛けていて、それがまたオシャレだから通り過ぎる人がみんな振り返っていく。隣にいるのが気まずいほどだけど、たぶん僕のことは目に入らないだろうからあまり気にせずにいよう。  そんなことより資料写真だ。今頃またカレーを作っているかもしれないと考えると自然と気合も入る。

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