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華麗なるデートの香り 5

「巴、ほらあーん」 「いいですよそれはもう」 「巴が食べないと俺が太って仕事に支障出ちゃうよ」 「……どういう脅し方ですか」  切り分けたパンケーキを僕の口元に差し出すアズサさんの文言が独特で恐い。関係ないとは思いつつも、確かにこの人を太らせるというのは妙な罪悪感がある。 「はい、あーん」 「食べるからやめてくださいそれ。ただでさえアズサさんは目立つんですから」  差し出されたものだから1口だけ食べるけど、ひな鳥にエサを与えるように面白がって口元に持ってくるのはやめてほしい。  外の看板もあって通りかかる人が二度見したり盗撮しようとしたりしてるところで、当の本人がこんなことしていたら目立ってしょうがない。 「甘いものはさ、食べると幸せになるでしょ」 「まあ、なりますけど」 「仕事で疲れた後とかストレスたまった時とか無性に食べたくなるし」 「……そういえばお菓子カゴの減りすごく早いですよね」  通称「お菓子カゴ」は普段食べる時間がバラバラなみんなが好きに取っていけるようにと、リビングにお菓子置き場ができているんだ。そこに置いたカゴに、駄菓子が山ほど詰まっている。それがお菓子カゴ。  その補充も食費に含まれているから気づいた時に色々買ってきているけれど、甘い駄菓子の減りが特に早い。  ご飯の代わりに食べているのかと思っていたけれど、ストレス解消の面もあるのか。そう思うと、甘いものの減りが早いことに少々闇を感じてしまう。 「それこそヨシなんてパフェとかクリームソーダとか好きなのに外で食べてると目立つから食べられないって」 「確かに、ギャップすごいですね。でも想像するとちょっと可愛いかも」  のっぽで長髪で黒マスクの黒尽くめファッションのバンドお兄さんが、こういうところでパフェを食べていたらそれはそれで可愛く思えるかもしれない。……今度家でパフェを作ってみようか。 「好きになっちゃダメだよ」 「え?」 「今ヨシのこと可愛いって思ったでしょ。ダメ。シェアハウス内は恋愛禁止だから」 「なりませんよ」  なんのタイミングでなんの心配をしているのか、教えられていないし知らなくてもいいルールを急に突き付けられた。そんなルールがあるのか。いや、それとも真顔で冗談を言っているだけ? 「まあ俺は違うからいいけど」 「……そこで住人じゃないの使ってくるの都合良くないですか」 「だって住んでないし」 「住んでるようなものじゃないですか」 「あ、そうだ。ヨシの話で思い出した」  どんなマイペースっぷりなのか、唐突に話を変えられて言おうとした言葉をごっくんと飲み込んだ。  表情からは伺えないけどたぶん本当に今思い出したんだろうし、さっきの話題を続けられても閉口するのはどうせ僕の方だ。  だから大人しくアズサさんの様子を見守った。  ごそごそと服を探り、取り出した財布からカードのようなものと券のようなものを取り出して並べている。手品でも始まりそうな勢いだ。 「これあげる」  かと思えば並べられたそれが全部自分に向けて差し出された。 「これ、みんなから引っ越し祝い」 「みんな? 引越し祝い? え、僕にですか?」 「うん。返されたら俺が怒られるからもらって」  テーブルの上に並べられたのはたくさんの商品券とギフトカードだった。  なんなら商品券は束だしギフトカードはファストファッションのものから図書カードにコーヒーショップと色々揃っている。いただくものの金額なんて考えるものではないかもしれないけど、あまりにも金券すぎる。しかも明らかに多すぎる。 「みんななに買っていいかわかんないから現金そのまんまが一番使いやすいんじゃないかってなってたんだけど」 「いや、あの」 「ヨシが、さすがにそれはどうかって言い出して」 「ヨシさんが一番常識人なんですか?」 「だからとりあえず大学生が使えそうなの買ってきてって藤さんに頼んだ」 「自分のマネージャーを変なことに使わないでくださいよ」  なんていうか、ダメな大人たちだ……。  気持ちはとても嬉しいし、正直めちゃくちゃありがたいはありがたい。  元々そんなに物は持っていなかったとはいえ、火事で焼けた分、服も教科書もなくなって改めて揃えるにはお金がかかる。だから本当にありがたいんだけど、どこかずれてる感が否めない。  だって、もしヨシさんが止めてくれなかったら、ここでみんなから集められた現金を渡されていたってことでしょう?  ……後でヨシさんにお礼を言っておこう。 「ま、とりあえず我が『アロゾワール』にようこそってことで」 「ありがとうございます。なんですけど、アズサさんはいいんですかそれで」 「家は家だし」  アズサさんはすでに引っ越したはずで、まるで自分の家のように入り浸っているけれど一応現住所は別にある。なのにこれじゃあ代表しているじゃないか。  まあなぜだかあそこは居心地がいいし、アズサさんくらい馴染んでたらそう言いたくなるのも仕方ないかもしれない。  そうなるとやっぱり僕が異分子だなぁと苦笑いした。あそこで棗さんが拾ってくれたのも、状況が状況だから放っておけない人だっただけだろう。  例えばもし僕があそこを出たら、アズサさんは戻ってくるのだろうか。いっそそうした方が丸く収まるんじゃないかとさえ思う。  まあそもそもが仕事の都合で出たのだから、戻ってしまったら本末転倒だろうけど。

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