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華麗なるデートの香り 7
結局ここでも奢られてしまって、ごちそうさまでしたと外に出る。払うまでがスムーズすぎて財布を出す暇さえ与えてもらえなかった。モテる男のテクニックなのか。そう思えば僕はモテには程遠い。
「はい」
そして外に出た途端手を差し出されて、一瞬ぽかんとする。でもすぐにその意味に気がついた。
手を繋ごうの合図か。お金を渡すところだった。
「……せめてもっと目立たないとこで繋ぎましょうよ」
「いいじゃんどこでも。ほら」
なにもお店の前でなくたって、と思うけどアズサさんは手を差し出したまま動かないし、お店の邪魔になってもいけない。
お手をするように手を重ねると、こうやってやるんだと握り直された。指を絡める恋人繋ぎは、見た目がだいぶ気恥ずかしい。
「写真撮りますね」
動揺を表に出さないようにして、繋いだ手をスマホで撮る。写真を通して見ると、別人の手みたいで不思議だ。少しだけ、本物のカップルに見えなくもない。
「さてと」
シャッター音を確認してから、アズサさんは切り替えるようにキャップを被り直した。なぜか手はそのままだ。
「普通に買い物行ってもいいんだけど、せっかくだから大人しか行けないちょっと悪いとこ入ろうか」
「え、いや、待って、そういうところは行かないって……」
さっきのやりとりはなんだったのか。
しっかりと手を繋いでしまったものだから、振りほどけないまま先を行くアズサさんに引っ張られる。恋人繋ぎってこんなに外れないものなの?
身長からしたら細いとはいっても、アルファの男性であることをこんなことで思い知らされた。繋いだ手から見た目以上の骨格と力強さを感じる。
「……ゲームセンター……?」
不安と困惑を感じている間に辿り着いたのは、想像とは違う明るく騒がしい場所。賑やかな音楽があちこちから聞こえてくる。
「子供は18時までしか入れないから」
視線で問うと、アズサさんは平然とした顔でその理由を話してくれた。
からかわれたのか本気なのか、その澄ました表情からは窺いづらい。かといって、自分からつっこむと勘違いの内容を問いただされそうで嫌だ。
……でも、あんな会話した後にそんな含みのある言われ方したら、変な方向に考えてしまうじゃないか。それなのに変なことを考えていたのは自分一人みたいで、なんかずるい。
「あれ撮ろ。デートっぽい」
繋いだままの手を引っ張って連れていかれたのは奥にあるプリクラのところ。男友達とでもOKとわざわざ書いてある辺り、どうやら普通は女の人が一緒にいないと入れないところらしい。
それさえも知らない僕は、言われるがまま中に入り、機械に指示されるままポーズを取った。恥ずかしがる時間も戸惑う間もなく、時間制限が目まぐるしい。
「全然顔が違う!」
よくわからないスタンプとか日付とかを書いて、最終的に出てきた写真を見て驚いてしまった。さっきから映っている写真が全然別物だとは思っていたけれど、改めて印刷されると誰だかわからないくらい別人だ。なにかと間違えたのか、他の人が取り忘れていったのかと思った。
そんな反応をする僕を見て、アズサさんは小さく笑う。
「別人で面白くない?」
「でも絶対アズサさんは普通に撮った方がかっこいいからもったいない気が」
「それはどうも。巴もそのままが可愛いよ」
目は大きいし顎は細いし全体的に細長いし化粧されてるしで、別人すぎてもったいない。本物の方が明らかにかっこいい。と呆気に取られていたから、さらりと言われたその言葉に反応するのが少々遅れた。
「……可愛いとかさらっと言えるの、さすがって感じですね」
「なにが?」
反射的なものだとしても、ここで「可愛い」という言葉のチョイスをするのがアズサさんらしい。言い慣れているのかなんともナチュラルだ。
僕のどこに可愛い要素が。いや、反応が子供っぽいのか。そういえば映画館でもはしゃいでいたら言われたんだった。
「巴、こっち見て」
人に向かって平気で可愛いとか言える辺り、本当にモテ男だよなぁとしみじみ思う先でアズサさんはやっぱりマイペース。
自分のスマホを掲げて別人プリクラと一緒に自撮り。並べると本当に別物だ。
「うん。やっぱ無加工の方が可愛い」
「アズサさんも無加工の方が顔がいいですね」
「知ってる」
ここまで無加工の方が断然いい人も珍しい。しかもなかなか強い返答をしたと思ったアズサさんは、すぐに「俺いいとこ顔しかないから」と付け加えて自信を台無しにする。そのまま自信満々でいればいいのに。
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