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華麗なるデートの香り 8

「なんでそんな変な謙遜するんですか。いいとこいっぱいあるくせに」 「なに、褒めてくれんの?」 「褒めるっていうか、事実あるじゃないですか。顔だけじゃなくてスタイルもいいしオーラあるし、何物にも動じない精神力とかシェアハウスでの堂々とした住人っぷりとか。エスコートするのも上手いし、普段は別として大人の男って感じだし」 「……やっぱり巴俺のこと好きだよね」 「事実を述べただけです。僕の感情は関係ないです」 「なにそれ可愛い」  微妙にかみ合っていない会話の末、アズサさんは少し深めにキャップを被り直して歩き出した。 「褒められて機嫌いいからなんか取ってあげる。おいで」  無表情ってわけじゃないけど、感情がわかりやすく表に出ない人だから気分の変化はわかりづらい。  機嫌いいわりにはあまりいつもと変わりのない顔で向かったのはクレーンゲームのコーナーだった。 「どれ欲しいとかないの」 「どれ……」  どれと言われてもぬいぐるみが山ほどありすぎてよくわからない。見たことあるキャラクターはいるけど、ぬいぐるみが欲しいかと言われたら、あってもどうしたらいいかわからないとしか言えない。でもきっと、こういうのはなにを取るかというより取る過程を楽しむエンターテイメントな気がする。  とりあえず一つひとつのクレーンゲームを見て回りながら写真を撮っていると、大きな箱が2本の棒の上に乗っているのを見つけた。景品は家でプラネタリウムができるプロジェクターだ。こんなものまであるのか。 「こんなの取れるんですかね」 「いいよ。取ってあげる」  どうやってどこを掴むのか、まったくわからない。そもそもこれはちゃんと落ちる前提で置かれているのか、それさえもわからない。  それなのにアズサさんは簡単に請け負って、お金を入れる。覗き込むようにしてクレーンを動かしたけれど、位置は箱を掴むには少し奥。片方のクレーンに引っ掛かって箱が斜めになる。だけどどうやら取り損ねたわけではなくて、もう一度、今度は逆の動きで箱の傾きを大きくする。 「ん、いけそう」  そして最後に後ろを持ち上げ棒の隙間に落として終わり。大して写真を撮る間もなく、がこんと落ちてきた箱を取り出し口から取り出し、そのまま渡された。 「はい、どうぞ」 「すごい……」  本当に取ってしまった。なんて器用な人なんだ。こういうものが本当に取れるの初めて見た。 「前にヨシに教わった。取るの上手いんだよね、彼は」 「ヨシさんも只者じゃないですけど、教わって簡単にできるアズサさんもおかしいんですよね……」  ポテンシャルが高いというのか、あそこの住人がおかしいというのか。  あっという間に取ってしまった箱を前に、ただただ感嘆のため息が漏れる。プラネタリウムをもらってしまった。 「嬉しい?」 「嬉しいです。これ、家でプラネタリウムできるって。すごくないですか」 「じゃ、次のデートはお家デートで決まり。映画見て、星見よ」 「次?」  ナチュラルに次の予定を話すアズサさん。さっきも思ったけど、当たり前に次回に繋げるのはモテ男たるゆえんなのか。そういうのは、本当のデートの時に発揮してほしい。 「1回で終わるデートはつまらないデートでしょ。俺といてつまんなかった?」 「……楽しかったですけど」 「じゃ次の予定入れといて。今日はいい子で家まで送ってあげるから」  本当に、どこまでが本気なのか。  今日の終わりまでちゃんとデートとしての形を保つ気なのか、たとえ付き合いとしてのデートでもきちんとこなすのがプライドなのか。  ただ楽しかったのは本当だったし、結局架空の次回の約束をして、家まで送ってもらった。そこからアズサさんは夜の仕事へ。  忙しい中付き合ってもらえたのは本当にありがたかったけど、これはあくまで空木さんの仕事のお手伝いのためのデートなんだ。だからこの場合、2回目があるとしたら再び空木さんの仕事が行き詰るってこと。なのでできればない方がいいと思うのは、僕だけなのだろうか。

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