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華麗なるデートの香り 9
「あ、アズサさん、映画……っ」
一緒に映画を見ていたはずだった。暗くして、大きなクッションに一緒に座って。
それなのに隣にいるアズサさんの手が、いつの間にか服の裾から潜り込んでいる。
その手が焦らすように体を辿り、指が際どいところを探って、くすぐったさとは違う感覚が背筋を走った。
体温が低いせいで、指が触れるところに否が応でも意識が集中してしまう。
「お家デートってこういうことでしょ」
「でも人が」
「誰も来ないよ」
「でも部屋に」
「いいから、こっちに集中して」
覆いかぶさられてアズサさんしか見えなくなる。
いつもより近い距離のせいで、灰色の瞳に自分が映っているのが見える。
言い訳を口にしながらもあさましく求めるような、自分の姿。
綺麗なブロンドの髪が垂れ下がってきて、頬に触れるのがくすぐったくて恥ずかしくて。
「あっ、アズサさ……」
クッションが沈み、その綺麗な顔が近づいてきて、唇が……。
「わあああっ!」
すべてを押しのけるように両手を振り回して跳ね起きた。
薄暗い部屋の中。広いベッドの上には当たり前だけど自分しかいない。
映画のスクリーンもなければ、もちろんアズサさんもいない。
「……ゆ、夢?」
荒い息を整えて、改めて周りを見回せば少しだけ冷静になれた。
起きた。つまり今のは夢だ。現実じゃない。
「なんて夢……」
たぶん部屋のせいだ。当たり前だけどこの部屋はアズサさんのものだらけで、ベッドもアズサさんの匂いに包まれて寝ているようなもの。そのせいであんな変な夢を……。
「……っ!」
自覚したら途端に恥ずかしくなってベッドを飛び出た。どうしようもなくてベッドの周りをうろうろする。
昨日の疑似デートのせいだ。ふりとはいえ初めてのデートらしいもので、しかもアズサさんが変なことばっかり言うからそれが妙な夢に繋がったに違いない。
それにしたってなんであんな迫れるだけじゃなく、受け入れるみたいな夢を……。
「か、顔を洗おう」
寝ぼけた頭で夢のことなんて考えたって仕方ない。夢なんて元々荒唐無稽なものだ。別になんの暗示でもないし、例えば恐い夢を見たって本当に起こるものでもずっと恐いものでもない。
夢は夢。気にすることなんてない。
手早く顔を洗ってさっぱりして、気合を入れて朝ご飯でも作るかとリビングのドアを開けた時だった。
「あ、あああああずささんっ!?」
「ん……なに」
そこに丸まって眠る姿を見て声がひっくり返った。
だって仕事の後は普通に自分の家に戻るようなことを言っていたのに、なんでいるんだ。
「き、来てたんですか」
しかも寝ているのはさっき夢で見たクッション。いや、アズサさんは大抵そこにいるから変ではないんだけど、このタイミングだから無性に気になってしまった。
「現場でゼリーもらったから冷蔵庫入れといた。もうちょっとしたら、仕事出る……」
寝ぼけた声で説明されて、うるさい鼓動を深呼吸で沈めつつ頭を回す。どうやらお土産を持って来たついでに仮眠していたらしい。
よくあることだ。別に特別なことじゃない。さっきのは夢で、そんな夢を見たことはもちろんアズサさんは知らない。なぜなら全部夢だから。
でもとりあえず今はそこから退いてほしい。アズサさんとクッションの組み合わせが心臓に良くないから。
「ね、寝るならベッド使ったらどうですか」
「なに、巴も一緒に寝る?」
「寝ません! 絶対に!」
「……ともえ?」
元はアズサさんのベッドだし、そんなところで寝ていたら疲れが取れないだろうと気遣ったつもりだったのに、いつもの軽口に過剰反応してしまってアズサさんが少し起きる。
思わず動揺してしまった。なによりあんな荒唐無稽な夢で意識してしまっていることが恥ずかしい。
「なんでもないです。寝るならそこで黙って寝ててください。僕に見えないように」
「なに、つんでれ?」
「デレてないですっ」
これ以上話していたら色々よろしくない気がして、キッチンに逃げ込む。けれどこのままじゃ料理も手につかない気がする。
よし、先にゴミを出しに行って朝の空気を吸ってこよう。それで落ち着いた頃にはどうかアズサさんが眠りの世界に戻っていますように。
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