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暗闇に光る星 1
果たしてあれで合っていたのか。恐る恐る引き渡した写真に、「青春だ!」という謎の評価と称賛を受け、結果的に空木さんのメンタルが救われてから数日。
その時は意外と早く来た。
来ないと思っていた、「次回」が。
「あれ、もう帰ってきてたんですか」
「ん、今日はフィッティングと打ち合わせだけだったから」
大学帰りに買い物をして帰ってくると、リビングにはすでにアズサさんがだれていた。今日はテレビの正面にある一番大きいソファーに寝転がっている。伸びた髪が邪魔だけど契約で切れないと言って、家の中ではヘアバンドをつけているかハーフアップにしているからかやたら家感が強い。
そしてもうアズサさんが「帰ってくる」ことには慣れすぎて誰もつっこまなくなってしまった。
少し前まではそこまでじゃなかったらしいけど、今やほぼ毎日顔を出すからいるのが当たり前になってきている。とはいえ大体リビングで寝ているから気にしていなかったのに、昨日言われたんだ。
この間の映画の前作見ない? って。
「本当にポップコーン買ってきたんですか」
「約束したから。キャラメル」
テーブルの上には青いストライプのパッケージがオシャレなポップコーンが用意されている。どうやらわざわざ専門のお店で買ってきてくれたらしい。雰囲気を出すためにカーテンも閉めてあって、準備万端だ。
映画とポップコーン。家で映画館気分。それはいいんだけど。状況に対する心情がなんとも複雑だ。
ここで見るからには誰かしら一緒に見るかと思ったけど、残念ながら参加者は集まらなかった。
相変わらずいくつも仕事を抱えている空木さんは、今は調子がいいらしくその手を止めるわけにはいかず。ヨシさんはその時間は用事があると断り、休みの紫苑さんは洗濯機を回したのを忘れて部屋でひたすら寝ている。
そしてこちらも珍しく休みの柾さんも、休みのうちに済ませておきたい用事があると出かけている。髪を切るんだと言っていたけれど、こちらも洗濯機に洗濯ものインのままだ。
つまり映画鑑賞会の参加者は僕とアズサさんの2人だけ。
こんなに人がいる家なのに、2人っきりで映画を見ることになってしまった。
「お家デート」という言葉が頭の中にチラついては慌てて振り払うのを今日何度繰り返したことか。
家の中で、テレビで映画を見るだけだし、すぐそこの部屋には人がいる。だからデートなんてものじゃない。友達じゃなくたってすることだ。
わかっているのにアズサさんの言った「次回」とか、その夜に見た夢とかがちらちらと頭をよぎるから気が気じゃない。
そんなことを考えていたら、あまり頭が働いていなかったようで、気づけば特売のお肉を山ほど買い込んでいた。広告の品とかタイムセールとか、この種類は3つ買ったら安いとか、そういう言葉に乗せられエコバッグの中はお肉だらけ。
とりあえず、甘いものばかりの住人にお肉で栄養は摂らせたかったし、残りは作り置きにするからいいとして。それほどまでに夢なんかで意識している自分が恥ずかしくて、だけど内容が内容だけに誰にも言えないのがもどかしい。
ただ家で映画を見るだけ。ついでにこの前取ってもらったプラネタリウムを試してみるだけ。小学生くらい健全。他にはなにもなし。
そうやって頭の中で繰り返しながら買ってきたお肉を冷蔵庫に詰める。しばらく買い物に行かなくてもいいぐらいの充実っぷりに満足して、代わりに飲み物を取り出して意を決した。
アズサさんのように僕も平然としていたらなんてことない話だ。映画は楽しみだし、ポップコーンもいただこう。
そうやって平然と電気を消し、テーブルにウーロン茶の入ったコップを置き、アズサさんと対角線上のソファーに腰を落とす。
「そんな端に座んないでこっち来なよ。巴が主役なんだから」
「いや、僕はこっちでいいです」
「……なんか警戒してる?」
他に誰もいないんだし、当然テレビの正面に座った方が画面は見やすい。だからこそ、そこを避ける僕にアズサさんが眉を顰める。
すごく自然に斜めに座ったつもりだったのに、いきなり指摘されてしまった。
「無理やり手出すほど飢えてないけど」
「そんなこと考えてないです!」
まるで僕がそんなことで頭がいっぱいみたいに思われている気がして、返す声が上擦ってしまう。だって、何気なく座ったし、暗いから表情だって見えないはずなのに。
「おいで。こっちの方が見やすいし、その方が楽しめるよ。それに俺は、映画を見てる人間を邪魔するほど野暮じゃない」
テレビ画面からの明かりを受けて見える、片膝立てて座っているアズサさんはその存在がまるで映画のよう。
そしてその言い方からして、映画を見ることの優先度はかなり高いみたいで。
「……映画好きなんですか」
「面白いと思ったものを面白いと思ってくれたのを嬉しいと思うくらいには」
小さな微笑みとその言葉を聞いて、ぱちくりとまばたきをしてしまった。あんまりこういうものに興味があると思っていなかったから、その反応が意外だった。
そっか。アズサさんこの映画好きだったのか。だから僕がのめり込んで見ていたのを喜んで、前作を見ていればもっと楽しめるからと誘ってくれたのか。
「それとも、俺がいない方がいいならそれでもいいけど」
「いえ。あの……失礼します」
変なことを考えて勝手にうろたえて申し訳ない思いだ。映画とか好きなのか。
改めてアズサさんの隣に座る。当たり前だけど、正面からだと断然画面が見やすい。元々大きなテレビだから、こうやって見ると本当に映画館に来ているようだ。
「んじゃ、始めるよ」
「はい。……あ。この前の最初ってこれ……」
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