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暗闇に光る星 3

「なあ、うるっせーんだけどなにして……うお、暗っ」  廊下とリビングの間にあるドアが開くのとその声がしたのは同時だった。  そしてパチンと電気のスイッチを入れる音がして、眩しさに目をくらましている間に声が近づき。 「はああ!? なにお前ら暗闇でいちゃついてんの!? えっろ! 信じらんないんだけど」  紫苑さんの声ではっと我に返る。そして飛び起きた。 「ちがっ違います! これ! これクレーンゲームで取ってもらったので見てただけです!」 「それで盛り上がってチュー? ヤるなら部屋でヤれよな」 「してないよ。なんにも」  しらっとした顔で告げるアズサさんの様子だけ見れば、なにもやましいことはないように思える。  ただ、じゃあさっき頬に触れたあの手の意味は言われると、僕にはなにも説明できない。  ……いや、今のってやっぱり、そういうことなのか? 「いやお前、2人で寝転がって星見てなにもなしはさすがになぁ」  ソファーを乗り越え、背もたれに座って見降ろしてくる紫苑さん。その口元は楽しそうにニヤニヤと歪んでいる。  とりあえず機械音がうるさいプラネタリウムを止めて、この状況をどう説明したものか考える。本当にただ星を見ていただけなんだけど、ほんの一瞬なにか違う空気が流れた気はした。その一瞬があるから、そのニヤニヤがどうにも心地悪くて。 「別に紫苑に関係ないし」 「そんな面白そうな話俺が噛まないとでも?」  寝転がったことで乱れた髪を解いて結び直すアズサさんの顔はいつも通りのはずだけど……どうにも機嫌が悪そうに見える。対して紫苑さんはニヤニヤを浮かべたままだ。  なんだかとても空気が悪くて、本当になんでもないと説明するために口を開きかけた時だった。 「!?」  バヂン、と電気が消えた。  思わず全員が黙ったのは、その消え方がおかしかったから。 「は?」  紫苑さんが声を上げて、それでやっと思考が戻って辺りを見回した。突然の暗闇に目が慣れていないけれど、少なくともみんなソファーの周りにいて、スイッチには誰も触っていない。スイッチに手が届く距離じゃないし他には誰もいない。  というか、周りが妙に静かだし、心なしかさっきよりも暗い。 「停電か?」  いち早く行動に映ったのはやっぱり紫苑さん。 「なんか電力使うもの使ったっけか? あー、ブレーカーどこだっけ」  さすがに家具の配置は体が覚えているのか、暗闇でも家の中の移動には困らないらしい。ソファーを下りて、声が玄関の方へと遠ざかる。  一瞬プラネタリウムのおもちゃを疑ったけど、これは電池式だ。それにタイミングがおかしい。  なにかもっと電力を使うものを同時に使ったとか、そういうのだったらわかるけどなにも動かしていない。2階でなにかあったのだろうか。 「アズサさん、僕2階に……」 「ん、俺も行く」 「ねえ、なんか急に全部消えたんだけどブレーカー落ちた?」  心配になって上を見に行こうとした時、真っ暗な階段の方から空木さんの声がした。一緒にスマホのライトの光が見える。 「や、家じゃねぇわ」  答えたのは玄関にあるらしいブレーカーを見に行っていた紫苑さんの声。  どうやらブレーカーは落ちていないらしく、空木さんの様子からいって2階でなにか特別なことがあったわけでもないらしい。  近所で工事があるようなお知らせも来ていなかったし、だったら。 「あのー、見える範囲全部消えてるんで、たぶん辺り一帯っぽいっすよ」 「え、マジで?」  続いて下りてきたヨシさんの声で、停電はこの家だけじゃないと知る。  この家は高台にあるから2階からなら結構な範囲を見渡せるけど、そこが全部消えてるんじゃだいぶ広い地域に渡っているのだろう。  そういえばクローゼットに懐中電灯がなかったっけ、と1歩踏み出したところにプラネタリウムの機械があって、引っかかってよろけた。それをアズサさんの手が支えてくれる。細いのに、支える腕はとても頼もしくて驚いた。 「危ないよ巴」 「す、すいません」 「少しの間目つぶっておくと暗闇に慣れるよ」  こういう時でも動じないアズサさんのアドバイスに従って目をつぶる。そこでだいぶ呼吸が早いことに気づいた。どうやら急な停電に心拍数が上がっていたらしい。  「大丈夫」と背中に触れられ、伝わってくるアズサさんの落ち着いた鼓動のおかげで徐々に呼吸が落ち着いてきた。  いつもは考えの読めないポーカーフェイスと動揺のしなさは、こんな時とても頼もしい。  とりあえずそれぞれのスマホのライトを頼りに、全員がなんとなくソファー周りに集まった。そういえばこんなに一斉に集まるのは初めてかもしれない。

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