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暗闇に光る星 5
ともあれ。
棗さんの思惑とは多少違うけれど、バーベキューはバーベキューだ。
玄関脇の土間から持ち出されたバーベキューコンロと炭、それに折り畳めるイスを全員で運ぶ。確かにこの荷物を、階段を上がって持っていくのはなかなか骨かもしれない。
初めて知った庭というのは、リビングの窓から出た場所にある隠れたスペースだった。むしろ自分の部屋の窓から見えていたところが庭だったらしい。こじんまりしているけれど家で囲まれていて表からは見えないし、中庭のようでいい空間だ。
そこにコンロと小さなテーブル、そしてイスを設置し、役目を振ってそれぞれ分散。
みんなが冷蔵庫から山盛りのお肉とお酒を運んでいる間に、僕は野菜をざっくり切って並べ、紫苑さんがコンロの用意をすることになった。
唯一のしっかりした経験者の名は伊達ではなく、手際よく用意した木炭と着火剤であっという間に火が点いた。それから炭の位置を変え、強火と弱火の場所を作る。さすが、手慣れてる。
網に油を塗り、全員お皿とお酒を持って準備は万端。後は焼いて食べるだけだ。
「えーこほん。それでは、本日はお忙しい中」
「いらないいらない」
「あーそんじゃまあ、種っち『アロゾワール』へようこそ! 乾杯!」
恒例なのか、しっかりと挨拶をしようとしたのを遮られ、紫苑さんはすぐに切り替え缶を掲げて乾杯の音頭を取った。そして全員で缶を呷る。
「よっしゃ焼け焼けー」
「野菜も焼いてくださいね。って、すでに場所ないじゃないですか」
「野菜なんて後でいいって。若いうちに肉食っとかないとすぐ食えなくなるんだから」
「ケンカを売られている気がしましたので、この油の少ないトレイの色が違うお高いお肉はこちらで食べましょうかね」
「は? それは話が違うだろ」
なんだか、すごくバーベキューだ。
当たり前なんだけど、こんな風にみんなでわいわい外で食べることなんてなかったから、すごく実感してしまった。
「……なにしてんだお前ら」
そんな中、最後の住人が帰ってきた。
リビングを通らず外から回って直接顔を覗かせたのは柾さん。髪がさっぱりしていて男前だ。
帰ってきて、声が外からしたから不思議に思ったのだろう。眉をひそめて見渡す顔は、どこか歌舞伎役者のようにも見える。
「柾さん。おかえりーっす。停電なんで肉焼いてます。酒ありますよ」
「肉は明かりないとやばいぞ?」
どうして停電だから肉を焼くのかというところにはつっこまず、柾さんは一言そう告げた。
外で月明かりがある分いくらかマシとはいえ、確かに暗い中でのお肉はよく見えず。
「いやでも停電で明かりつかないんでなんとなくで」
「焼け具合ちゃんと見ないと、生焼けで食ったらひどい目に遭うぞ」
「……」
端的な忠告に、盛り上がっていた全員が黙る。
そんなもの遭いたいわけがない。
火の明るさもそれほどでもないし、たぶん焼けているくらいの感じしかわからない。とはいえずっとスマホのライトを掲げているわけにもいかず、でも電気はつかず。
「あ、そういえばネットで見たな。スマホのライト上にペットボトル置いたら明るいってやつ。それ周りに置けばもっと明るくなるかも」
「えー俺ペットボトル置くのイヤ」
「あーお客に酒ぶちまけられて壊したばっかだもんな。いいよ、期待してない」
なんだろう。空木さんがいつもより辛らつだ。相手が紫苑さんだからだろうか。
「僕の! 僕の使いますから」
「種ちゃんはいいから座ってな」
一応僕の歓迎会を兼ねてくれているからなのか、それとも子ども扱いなのか。
空木さんはさっさと自分のスマホをテーブルに置いて上に水のペットボトルを置いた。途端に光が分散し辺りが薄っすら明るくなる。アズサさんも少し離れたところに同じように光源を作る。
「でも微妙に肉の色が見にくいな」
明るくなったとはいえ焼き加減をちゃんと見るにはやっぱり光源に近づけなければならないし、いちいちそうするわけにもいかない。
「あ」
困るみんなの中で、ヨシさんは声を上げるなりばたばたと2階へ上がっていった。そしてすぐになにか大きなものを持って帰ってくる。
「これでどうっすか」
持ってきたのはリング状のライトだった。
スタンドを立て、リビングの窓からコンロに向けて明かりを点けると、そこが照らされてだいぶ明るくなった。これならお肉の焼き具合がしっかり見える。
「あー配信用のライト?」
「これモバイルバッテリーでいけるんで」
「結構明るいな」
独特な形のライトが一体なんなのか、どうも僕以外の人はわかっているようだ。
「あの、配信って……?」
「あれ、言ってないんだっけ?」
それぞれ顔を見合わせるあたり、理解できていないのは僕だけらしい。
ヨシさんは頬を掻き掻き、考えながらバンド以外の仕事のことを教えてくれた。
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