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暗闇に光る星 6

「えっと、バンドとは別に、ネットで配信をしてまして。俺としての配信はたまになんですけど、メインは猫のキャラのアバターで喋ったりゲームしたり、してます」 「アバターとかグッズ化されてるし企業コラボもやってるし、人気なんだよねー」 「いや、まあ、はい。色々やらさせてもらってます」 「あ、だから部屋の前では静かにするようにって言われたのか。声入っちゃったらまずいですもんね」 「うっす。超速理解で助かります」  棗さんに最初注意された理由はそれだったのかと思い至る。  確かに配信中に声をかけたりしたら困るだろうし、他の音だって邪魔になるだろう。個人情報的なものが聞こえてしまっても困る。とても納得がいった。  それにしても、猫のアバターとは意外と可愛いもの好きなのか。  いやしかし、そんなすごい人だったのか。バンドだけでもすごいと思ってたのに、別で配信も職業にしているとは。そういうものに全然詳しくない僕でも、すごいことはわかる。 「それだけで食ってけるくらい人気なの意味わかんねーよな。ネット上の実体ないもんに貢ぐ意味がわかんねぇしそれで投げ銭とかされんのマジでずるい」 「いや、紫苑さんの月収には全然敵わないんで」 「んなもん超えられてたまるか」  ビールの缶を呷りながら愚痴る紫苑さんと謙遜するヨシさん。  なんだかすごく特殊な会話をしている。  でも、そうか。やっぱりここにいる人たちはみんな普通じゃないレベルで仕事ができる人たちの集まりなのか。  そのくせ生活が危ういんだから、そりゃあ棗さんも世話を焼きたくなるだろうし、僕みたいな一般人を雇うはずだ。  その後、1度戻って部屋着に着替えてきた柾さんも合流し、全員揃ってのバーベキューが始まった。  こう見るとやっぱりお肉買いすぎてたな。食べてもらえて良かった。  なにより、みんなで肉を焼いて、食べて、喋ってという空間が単純に楽しい。バーベキューってこんなに楽しかったのか。 「柾さん肉焼いてー」 「仕事じゃないのに?」  だいぶ飲んでる紫苑さんのお願いに、面倒そうに返す柾さん。  そういえば柾さんは仕事以外で料理はしたくないと言ってた。プロのシェフだからこそ料理は仕事であってそれ以外はしたくないとか。  元々面倒くさがりらしい柾さんは元から険しい顔をしかめてどうにかサボれないかと思案しているようだけど、それなりに飲んでるみんなは引かず。 「柾さん、巴のためにお願いしたい」 「そうそう! 種っちの歓迎会なので美味しいお肉を食べさせたいと思いませんか」  なんならアズサさんまで頼み始めちゃって、柾さんは渋々といった感じに立ち上がった。 「……特別な」  お休みの日に申し訳ないと思いつつも、何枚かのお肉をコンロに並べ、返してすぐにお皿の上に取り分けて渡してくれた柾さん。  いただきますと受け取って1口口に含めば、みんながどうしてそんなに頼んだのか意味がわかった。 「美味しい……。え、すごく美味しいです!」  どうして特売のお肉が焼き方だけでこんなに変わるのか。歯ごたえも舌触りも甘さも喉越しも全部違う。自分で焼いたものとは別物だ。 「喜んでくれたなら良しとしよう。ほら食え」 「遠慮なくー!」  全員がコンロに群がって、柾さんが焼くお肉を次々と食べていく。すっかりシェフの顔の柾さんを見ると、バイキングの鉄板コーナーみたいに見えてきた。  ついでにと、付け合わせのタレまで作ってくれる。軽く調味料を混ぜ合わせたって感じだったけど、絶妙に焼かれたお肉をつけて食べてみると途端にレストランの味になった。特売のお肉があっという間にコース料理のよう。  これはタダで味わってしまうのはよろしくないプロの技だ。 「……美味しく食べてくれる顔が代金ってことでいいか?」  申し訳なさを覚える僕の考えを表情から読み取ったのか、頭をぽんぽんされて微笑まれた。優しいお兄さんだ。  それからお肉にお酒にたまに野菜とわいわい楽しみ、そろそろ満腹になってきた辺りで、離れたところで座っていたアズサさんに手招きされた。 「巴、上見て」 「え?」  近付いて身を屈める僕に、アズサさんがそっと囁いて上を指す。なんだろうとその指を追って上を見てみると。 「わー……」  そこにあったのは星空。普段見ている、夜空にぽつぽつ星があるだけなのとは違う、本当の星空だ。  なんでこんなに綺麗に見えるのか考えて、地上の暗さに思い至った。停電によって地上の明かりがないせいで、こんなにはっきり星が見えるのか。  さっきまでおもちゃの作り出す星空を見て感動していたというのに、まさかこんなに綺麗な本物が見られるとは。  さっきから目に入っていたはずなのに、言われるまでちゃんと見ていなかった。 「さっきとこれと、2倍でお得ですね」  アズサさんが取ってくれたプラネタリウムの星があったからこそ、本物の星空にも改めて感動できてお得な気分。 「俺らだけの特別」  それを知っているのは、僕ら2人だけ。  秘密というほどではないけれど、小さな共有のくすぐったさに笑う。  アズサさんって、意外とロマンチックな人なのかも。

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