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暗闇に光る星 8

「面倒くさくなった」 「わ!?」  と思ったらバタンッとドアが開く音がしてアズサさんの声がすぐ後ろでした。  そして頭を触られ、驚きに飛び跳ねる間もなくぐしゃぐしゃとその手が僕の泡まみれの髪を掻き回す。 「さっさと洗って」  どうやら頻繁に声をかけられて面倒になったアズサさんが入ってきたようだ。  容赦なく頭を洗われ、恐さが吹き飛ぶ。だって後ろを振り向いたってアズサさんがいるだけだし。 「シャワーかけるから」 「は、はいっ」  言われて目を強くつぶれば、意外と優しい手ですすがれる。思ったよりも丁寧で、しっかりと洗ってくれた。続いてコンディショナーも同じ流れで洗われ、洗顔中には背中まで擦ってもらった。至れり尽くせりで申し訳ないけど、人にやってもらうと気持ちよくてお殿様気分。 「ハイ終わり。お湯入って」 「はい」  さっぱりして温まる僕の代わりに、シャワーをかぶったアズサさんが濡れてしまった。ブロンドの髪がしっとりとしている。  こんな状態でも水も滴るなんとやらでかっこよくはあるけれど、こんなことで体調が悪くなったら大変だ。 「あの、風邪引いたらいけないんでアズサさんも……」  恐い話のせいで風邪を引かせたりなんかしたら申し訳なさすぎる。だからそう提案してから、ふと言い方がおかしかったかと気づいた。これじゃあ一緒に入りましょうと言っているようだ。 「あ、僕今出ますからっ」 「巴は冷えてるからちゃんと温まって」 「は、はい」  だけどぴしゃりと言い放たれた。  その上で出ていくのかと思ったアズサさんは、一瞬だけ思考したのちその場で脱ぎだして、脱いだ服を脱衣所にぽいぽい投げ出した。脱ぎっぷりがいい。着替え慣れている感じだ。  あまりの手際の良さに、目を逸らす暇もなかった。   ……目に入ってしまったから思うけど、意外と筋肉あるんだなアズサさん。身長のわりに細いけど、しっかり筋肉ついてるし引き締まってるし、均整の取れた体はさすがモデルといった感じだ。 「ちゃんと肩まで入ってあったまる」 「はぁい」  シャワーを浴びてるアズサさんはまるで写真集の撮影でもしてるかのように絵になっている。そういえば実際そんなシーンも写真集にあった気がする。 「巴のえっち」  そんなことを思いながらぼーっと見ていたら、本人から指摘されてしまった。  よく考えなくても人がシャワーを浴びているところをまじまじと見てはいけない。恥ずかしいことをしてしまった。ていうか自分で言ってしまったことだけど、銭湯でもないのにお風呂に一緒に入るってどうなんだ。めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか。 「別に見たいなら見てもいいよ。俺も見ていいなら」 「アズサさんみたいにかっこいい体してないんで無理です。すいません、目つぶってます」 「んー褒めてくれてありがと」 「……どういたしまして」  両手で目隠ししたけど、普通にお礼を言われたから普通に返してしまった。  なんかちょっとずれてるんだよな、アズサさんって。  しかもそのままシャワーを浴び終えたアズサさんがお風呂に入ってきて、うろたえる間もなく銭湯状態。  1人では広いバスタブも、さすがに成人男性2人では狭い。特にアズサさんは足が長いから、触れないのは難しくてとりあえず膝を抱えて縮こまった。 「俺も見たいから見ていいよ」 「そんなこと言われたら余計無理です」 「見張ってないと好きにしちゃうけど?」 「えっ」  目隠し状態のままさっと上がれないかと考えていたのに、不穏な発言をされて思わず手を放した。  目の前にいるのは悠々と髪を掻き上げるアズサさん。  腹が立つくらい余裕のかっこよさを見せつけられ、思いきりため息をつく。 「恐くなくなった?」 「……おかげさまで」  一人で慌てふためいてバカみたいだ。  少なくとも今は、なにか得体の知れないものに怯えるより目の前の人に翻弄されてそれどころじゃない。  とりあえず、誰だかわからないけど白い入浴剤をたっぷり入れてくれたことに感謝したい。危うく目のやり場に困るところだったし、縮こまったまま動けないところだった。 「巴さ、お化けは恐いのに俺のことは恐くないの?」 「だってアズサさん言うだけでなんにもしないし」 「いいの?」  アズサさんにからかわれては慌てる僕はそんなに面白いですかと、ふてくされてそっぽを向く。  結局のところいつもアズサさんはそれっぽいことを言って脅かすだけで、実際なにかしてきたことはないし。僕だけが勝手に動揺しているだけで、アズサさんが恐いことなんてない。  と、強気に出たつもりだったのに。 「え」 「していいならするけど」  そう言い放ったアズサさんが身を乗り出し、覆いかぶさるようにして僕の後ろの縁に手をついた。  一気に距離が狭まり、肌が、直に触れる。 「わ、わー! ち、ちがっ、そういうことじゃ」 「……運命の相手だと思ってなきゃとっくに手出してるよ」  吐息が触れ、アズサさんの髪から雫が頬に落ちる距離で、不満げな囁き。  一瞬止まったんじゃないかってくらい静かになった心臓が、思い出したように速い鼓動を叩き出す。  さっき寝ていた時も同じくらいの距離だったはずなのに、今は全然違った。ドキドキが治まらない。 「その、運命の相手ってなんなんですか……」 「確証はないけど。巴がちゃんと俺のこと好きになってくれたらわかるかも」 「全然わかんないんですけど」  運命の番というやつはアルファとオメガの間にあるという御伽噺みたいなもので。  決してそんなあやふやで、僕みたいな地味なベータと感じるものではない。しかも最初からお互いわかるはずのもので、好きになったらわかるとか、そういうものでもないはず。 「試しに好きになってみたら?」  なのになぜか少し機嫌悪そうにとんでもないことを軽く言い放って、アズサさんは先に上がってしまった。  結局やっぱりアズサさんはなにかをしてきたわけでもなくいつも通りなのに……僕はひどくのぼせそうだった。

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