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恋するランウェイ 1
気づいたのは、自分がここに馴染みすぎているってこと。
他の人のようになにか才能があるならまだしも、僕にとってはその名の通り借り宿にすぎないこの場所にあまりにも当たり前に馴染みすぎていた。
こんなに条件のいい場所に拾ってもらえたのはただの幸運でしかないから、いつ追い出されてもいいように早めに普通のバイトを見つけないといけない。
『種田くん、明日! 日曜日の予定空いてたりしない? お願いしたい仕事があるんだけど』
そんなことを考えていたタイミングで、僕を拾ってくれた棗さんから声がかかった。
「特に予定はないですけど、僕にできることですか?」
『実は日曜に大型イベントがあるんだけど、人手が足りなくてね。できれば助っ人として入ってくれると嬉しいです。バイト代も弾むのでなにとぞ』
「えっと、僕でお力になれるなら」
『良かったー! ありがとう助かる! ヨシくんにも頼んだから、詳しいことは聞いて。本当にありがとうね!』
よっぽど困っていたしよっぽど時間がなかったのだろう。
早口で必要なことを詰め込んで、棗さんは電話を切った。それを待っていたかのように階段からヨシさんが覗く。どうも僕に仕事を振るのを聞いていて、電話が終わるのを窺っていたのだろう。
「ええっと、棗さんの話、受けました?」
「はい、よろしくお願いします。詳しい話はヨシさんに聞けと言われたんですが」
頷けば、ヨシさんは下りてきていつもはマスクで隠れている口元を押さえた。
「あーちょっと待って。タメ口で、いいです。年近いし、なんかくすぐったいんで」
「えっとじゃあなんのバイトなのか教えてもらえると嬉しい、な?」
言うわりに年上のヨシさんもタメ口ではないけれど、これはどちらかというと距離感か。それとも周りがみんな年上だからこその癖だろうか。
「あと、さん付けも、いいんで」
「じゃあ……ヨシくん、で」
「はい。俺は……種田くん、種っち、種ちゃん、巴くん……やっぱり種田くんで」
タメ口とか呼び方とか。
なんだか気恥ずかしいやりとりをしつつ、こういうのは少し友達っぽいと思ってしまった。どういうものが友達なのかわからないから、ただのイメージなんだけど。
そんな一通りのやりとりをしつつ、ソファーに場所を移して改めて話を聞く。
最近ここの居心地の良さに気づいて、アズサさんがいつもここでだらだらしている意味がわかってきた。……そういえば今日は来ていないな。
「基本棗さんが頼んでくるイベントの仕事は、当日に振られるものをひたすらこなしてくって感じの、基本雑用のなんでも屋みたいなもんです。今回はファッションショーの裏方だけど、やることは同じ雑用っす」
「ファッションショー……」
「たぶんイベントブースの設営とか席のセッティングとかそんな感じだと思うけど、とにかく人が足りないところに頼まれたことをやるって感じなんで慌ただしいとは思うけど、そこまで難しくはないかと」
「なにか注意事項は」
「あー、衣装に無暗に触らない、モデルさんやスタッフさんの邪魔をしない、わからなかった聞く、勝手に手を出さない、くらいかな。あとはもうその場その場で」
「わかりました。頑張ります。あ、頑張る」
「困ったら連絡してもらえれば……っと、連絡先」
「あ、交換しましょう。あ、交換しよう」
慣れない口調でのやりとりに笑って、無事連絡先を交換終了。
詳しい仕事内容は現場に行かなきゃわからないと言われたから深く考えることもなく、次の日は朝からの出勤だった。
大きなホールで、規模が大きいため作業する人も多く、行きかう人たちはみんな忙しなく動いている。すでに目が回りそうだ。
棗さんの手伝いは慣れているらしいヨシくんについていくと、事務所みたいな場所で首にかけるパスを渡された。
他の人のバックステージパスとはちょっと違うヒモの色をしている。どうやらこれで棗さん付きの助っ人として認識されるらしい。曰く、なんでも屋として。
そしてそれからはヨシくんの言った通り、会場のセッティングに始まり、各ブランドのスタッフさんから指示されて衣装が揃ってるかのチェックや、人探し物探しの連続。どこもかしこも人が溢れていて、服が満載のハンガーラックにぶつからないように、奇抜な髪型とメイクの人にもぶつからないように、移動するだけで大変な廊下を行ったり来たりでてんやわんやだった。人手が足りないというのは本当らしい。
というのもそれぞれの専門の人がいて、それぞれの仕事をしているから、それ以外のことで今ちょっと手を借りたいというところが多いんだ。だから猫の手としてあれこれと動き回っていたらあっという間にお昼を過ぎていた。
とりあえず人が多い場所を避けて、ヨシくんに連絡。
最初は一緒に作業していたけれど、途中からそれぞれ別の仕事を頼まれていた。なんせヨシくんは長身だから狭い場所は不得意で、その上モデルに間違われて呼ばれてしまうから主に力仕事の方へ移っていったんだ。
とりあえず報告だけでもと、「今休憩中。ヨシくんはどんな感じ?」と送ってみる。気づいた時に返してくれるだろう。
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