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恋するランウェイ 2
「誰と連絡取ってんの」
「わ!?」
さて、と一息つこうとして真後ろから聞こえた低い声に飛び跳ねた。
「あ、アズサさん!?」
「なにそんな驚いて」
バクバクする心臓を押さえながら振り返れば、アズサさんがいつもの顔をして立っていた。
いや、表情はいつものものでも、格好はまるっきり違っていて、認識のブレでくらりとする。
「ショーにモデルがいるのは当たり前でしょ。巴はなんで? 俺のこと見に来た?」
「な、棗さんに頼まれて……」
声も表情も瞳もアズサさん。だけどフォルムが違う。
右側がストレートに伸ばしてあり、逆が編み込まれて結い上げられているアシンメトリーな髪型。そのストレートの方には木の枝が飾られて鹿の角みたいになっている。根元を髪で隠しているから、本当に生えているように見えた。
髪が編み上げられたことで見えている左耳にはキラキラと垂れ下がる飾りのついたイヤーカフス。
そして目を強調させるような濃いめのメイクと、とにかく普段とは別人の姿。
でも元から顔立ちが整っているからメイクも似合うし、本来はこういう姿の方がアズサさんにとっては正しいのだろう。
ただ、ばっちり終わったヘアメイクと、まだ着替え前の黒い簡素なバスローブとのギャップがすごい。
「見惚れてる?」
「あ、いや、モデルなんだなと思って」
「なんだと思ってた?」
「いえ、わかってたんですけど、ちゃんと仕事してるところ初めて見るんで」
「まあショーは久々だけど」
当たり前のことを言っているというのは自覚している。
ただ普段見慣れているのがあのナチュラルな姿だから、こういう格好を見ると本当に僕とは別世界の人なんだなとしみじみ思ってしまったんだ。
「大丈夫? 巴、ちゃんと食べてる? 水分は?」
かと思えば過保護な保護者みたいな心配をされて、格好に似合わず笑ったら手を掴んでケータリングの前まで連れていかれた。
そこには誰でも摘めるように軽食や果物やお菓子が並んでいて、アズサさんはフルーツのコーナーへ。
「フルーツだけでもいいからちゃんと食べな」
「あむ」
摘んだシャインマスカットを僕の口に押し当て、またひな鳥状態。
されるがまま食べれば、冷たいブドウの甘酸っぱさが口の中に広がり喉を潤す。その果汁が体に染み渡るようで、思ったよりも体が疲れていたことに気づかされた。
もう1つ、と食べさせられて、ブドウと一緒に冷たい指が唇に触れる。その瞬間スタッフさんが横を駆け抜けていって、途端に恥ずかしくなって1歩分アズサさんから距離を取った。
「あのケーキも美味しいから食べて」
静かにうろたえる僕をよそに、アズサさんはマイペースに端にあるケーキを指差した。チョコっぽいスポンジにピンクのチョコがかかった可愛らしい一口大のケーキ。こういうところに置いてあるから甘いものが好きなのかもしれない。
「アズサさんもちゃんと食べて……って、勧めていいのかな」
「うん、食べる」
果たしてショーを前にしたモデルさんに食事を勧めていいものか。
迷う僕の前でなんの躊躇いもなくフルーツに手を伸ばすアズサさん。「体力を保つのも仕事」との弁。確かにお腹が空いて動けなくなったら意味がないもんな。
真っ赤な口紅が落ちないようにか、大きく口を開けて僕にくれたのと同じシャインマスカットを放り込む。
グレーのネイルを施した指で摘んで赤い口元に運ぶ仕草が、妙にエロチックでなんとなく目を逸らした。メイクをしているせいか、やっぱり普段とは雰囲気が違う。
そして、普段と違うと言えば。
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