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恋するランウェイ 4

「あ、種田くん。ちょうどだよ」  休憩を挟み、それからまた忙しく働いてしばし。  一緒に荷物を運んでいたヨシくんに言われて足を止める。  廊下に置いてあるモニターにちょうどアズサさんが映し出されたところだった。そういえばランウェイを歩くのを見るのは初めてだ。 「わ……」  アズサさんが現れた瞬間空気が変わった。  少し重々しい感じの、だけど澱みのない綺麗なウォーキング。複雑な作りをしている服を着こなし、歩くだけで目を惹き、視線を引き連れていく1人舞台。  そのくせモデルとしての自分を過剰に出すわけでもなく、あくまで服の印象が残るように動いているのがわかる。  詳しくない僕でもそのすごさだけはわかった。  今さらだけど、本当に本当にすごい人だったんだ。それを実感した。いや、体感した。  感嘆のため息とはこういうものなのだろうと深い息を吐きながら見惚れていたというのに、アズサさんがランウェイの先端に立った時に唖然とした。  アズサさんは、人差し指を自分の唇に当て、そのまま投げキッスをするように離した。ゆっくりとした動きだから世界観は壊していない。なんなら袖の飾りをよく見せるための動きにも思える。  けれどその瞬間、僕には唇に触れた冷たい指の感触が鮮やかに蘇ってきた。同時にぞくぞくとしたものが背筋を走る。 「わ。さすが。……あれ、種田くん? 顔赤いけど大丈夫? 具合悪いなら……」 「だ、大丈夫。ちょっと意外だっただけ」 「あ、アズサさん? 確かに、ああいうのするの珍しいかも」  客席が沸いていたから、サービス的なものかもしれない。  そう思っても、ブドウの甘酸っぱい味まで蘇ってきて恥ずかしさに煙を噴きそうになった。耳まで熱い。  だって、ちゃんと見ててって言われた。僕が見ているのをわかってやったんだ。自意識過剰であってほしいけど、瞬間的に思ってしまった。 「ぼ、僕行くね。これ運ばないと」 「え、ちょっと待って俺も行くから」  滑らないように段ボールを持ち直し、早足でその場を離れた。  このままアズサさんが戻ってきたら困る。見ていたのをわかられたら困る。とりあえず今は会えない。逃げよう。いや、仕事をしよう。  舞台袖には人がたくさんいて邪魔になるといけないから、しばらく近寄らないようにしよう。

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