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恋するランウェイ 6

「やっぱり順番変えてもしっくり来ないし時間が足りない」  あの後に千波さんがどうしたか、気になって舞台裏に覗きに来てしまった。  次々と色んなブランドのショーが続き、普段着としてはなかなか着られない服を身にまとったモデルさんたちで溢れる中、千波さんは床に這いつくばっていた。目の前には服とモデルが合わさった写真が広げて並べられている。  さっきの愚痴の中で、モデルが骨折して欠員が出たような話をしていたから、出る順番を変えて調整しているのだろう。 「そもそも1人欠けてるんだから誰か調達……って、都合のいい男がいるわけなしいっそかっさらってくるか? 大トリでリハもなしに一発本番でドジ踏まずに服を魅せてくれるやつを」  よほど切羽詰まっているのか、千波さんの目がぎらついている。  でも、そんな条件を埋められるような人が突然現れるわけないし、それこそ今ステージに立っているような人を連れてくるしかないんじゃないのか。 「何事?」  「あ、アズサさんっ!?」  そんな時、僕の後ろからひょっこりと顔を出したのは、もう出番が終わったはずのアズサさん。さっきも同じようなシチュエーションで驚いたのに、それ以上に驚いて飛び退ってしまった。  振り返ればやっぱりアズサさんだ。髪の枝は外されているけれどメイクはまだしたままで、再び黒いガウンに戻っている。  これだけ人がいる場所だから会おうとしなければ会えないと思っていたのに、油断した。 「な、なんでここに?」 「ショーにモデルがいるのは当たり前でしょ」  さっき聞いたセリフを再度繰り返し、アズサさんはすんとした顔でそこに立っている。本当に、いるのが当たり前みたいなスタンスで。  もちろんアズサさんはモデルだけど、さっき別のブランドの服を着ていた人で、いくら終わったとはいえここにいていいのか。いや、別にいるのは自由かもしれないけど、なんでこのタイミングでここへ? 「ていうかまあ、普通に巴が見えたから」  普通に、なんて軽く言うけれど、こちらがアズサさんを見つけるのとは訳が違うくらいの難題だと思う。どうしてこの人ごみで僕を簡単に見つけるのか。やっぱり単純に10cm程度身長が違うと見えているものが違うのだろうか。  とりあえず首を傾げているアズサさんに簡単に状況を説明すると、ふぅんとなにか考えるような相づちを1つ。 「巴は困ってる?」 「え、それは……さっき直に話を聞いちゃいましたし、なんとかできるならそりゃしたいですけど」  部外者だけど、さっき千波さんが落ち込んでいるのを見てしまった。実際話して、少しだけ知ってしまって、そんな人に今日はついていない日だと嘆いて終わってほしくない。  ただ、さっきも言った通り僕になんとかできることならとっくに本人がなんとかしているはずだ。モデルの調達なんてそれこそ……。 「じゃ、なんとかしてあげる」 「え?」  焦ってため息をついてもなにもできない無力な僕の横で、なんでもないことのように一言告げたアズサさんは、そのままランウェイを歩く時くらい綺麗な姿勢で歩き出した。そして荒れる千波さんとなだめるスタッフさんの輪に入っていく。 「モデルはご入用で?」 「は?」 「ここに野良のモデルがいますけど」 「はぁん?」  いつものなんてことない顔でさらりと提案して、わかりやすく手を挙げて見せるアズサさん。  夕飯を作るのに材料が足りない、じゃあひとっ走り買ってこようか、のノリだ。……そんなこと、アズサさんは言わないけれど。  足りない1人のモデルと、野良の1人のモデル。いや、全然野良ではないとびきりのモデル。  それが意味することを察して、千波さんが盛大に顔を歪めているし、周りのスタイリストさんたちもざわざわしている。 「あーでもこのまま勝手に出ちゃまずいか。じゃあ」  ただ一人マイペースなアズサさんがほんの刹那考えた後手に取ったのは、傍の段ボールの中に放置されていた真っ白な仮面。目と口元が意地悪に吊り上がった道化師といった形のものだ。  小道具のようなものだけど、置き方からして使わないものっぽい。 「これで、通りすがりの謎モデル」  仮面をかぶれば一見誰かはわかりづらい。ただ、近くで見ればその金髪と灰色の瞳ですぐにわかる。  さっき千波さんにアズサさんを嫌いだと聞いたばかりだし、そもそも今さっき別ブランドのショーモデルをしていた人だし、そんなに簡単に参加していいものなのだろうか。少なくともマネージャーの藤さんには怒られそう。むしろ今すでに探されているんじゃないだろうか。  それでも時間は迫ってきていて、別の、なにも問題のない解決法は出てくる気配なし。  

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