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恋するランウェイ 7

「ううう、時間があって人がいて絶対大トリに持ってくるって決めた服じゃなきゃ本当は着せたくないんだからね! 種ぴーのおススメだからしょうがなく使ってやるんだから!」 「えっ」  千波さんのわかりやすいツンデレっぷりに、なぜか僕も巻き込まれた。確かに気になるモデルと言われてアズサさんの名前を挙げたけど、それがこんなところに響いてくるとは。  周りの人たちもどうして関係ないバイトが関わってくるのかわからず困惑しているじゃないか。 「ええい、責任はアタシが取る! だからみんなやってちょうだい!」  けれどそんな混乱をぶった切って、千波さんはそう宣言した。  この人も、アズサさんとは違う意味でマイペースな気がする。 「大至急この野良の人に合うよう調整して! 他はさっきの……こことここ変えて、後は順番通り! さあ、ムーブ!」  指示をする千波さんは戦国時代の武将のようでとても頼もしい。その指示に従い一斉に動き出すスタッフさんも職人さんばかり。 「種ぴーも順番確認手伝って。これ合ってないとめちゃくちゃになるから」 「は、はい!」  そして手が空いていれば使われるのが今日の僕の役目。  正直そんな重大な役割を任せないでほしいとは思ったけど、急遽変わった順番通りに進行させるために他の人はてんやわんやだし、ここは文字通り猫の手になろう。  ただそのスタイリングは朝の段階で1度チェックしたものだったから、初見じゃない分まだマシだった。変更した順番通りに写真をボードに貼って、それ通りに進むかを気をつけて確認していく。  変更部分で多少の行き違いはあったもののステージに出る前に気づけたし、ほぼ滞りなく進んであっという間に最後まで来た。  アズサさんの番だ。 「アタシの服台無しにしたら許さないから」  ほんの少し強めにアズサさんの背中を叩く千波さん。そのせいでできたシワを自ら直し、最終調整。  アズサさんがそれに対してどんな表情をしたか仮面をしているせいでわからなかったけれど、なんとなく不敵に笑ったように思えた。  ……ショーのコンセプトはブランドごとにまるで違う。けれどアズサさんはここでは一度もリハーサルをしていない。それでもなんの迷いもなくステージへ踏み出した。 「海だ……」  瞬間的にそう思った。  なにかを辿るような足取りはまるで波打ち際を歩いているみたい。歩くたび揺れるケープが寄せては返す波みたいで。  先ほどまでとは傾向が違う仮面のせいで、客席から聞こえる小さなざわめきも合わさって、鳴り響くBGMとは別に波音が聞こえる気がした。  そんな客席の視線を引き連れてランウェイの先端に辿り着いた仮面のモデルが、右手を広げた瞬間大波が起こって、深々としたお辞儀で小波が返る。  慇懃無礼な仕草はその仮面と妙に合っていて、まるで最初から用意されていた要素みたい。むしろ浮いているはずの仮面がそこで空気に馴染んだ。  ああ、なんてすごい人なのだろう。かっこいいにも程がある。 「ホント、あの子嫌いだわぁ……」  呟く千波さんの声でその方向を見ると、熱に浮かされたような顔で笑った千波さんが、もう一度「ホント嫌い」と呟いた。  きっと、僕も同じような顔をしてるはずだ。  モデルのアズサさんはとびきり輝いていて、かっこよすぎて、興奮が体の中を荒れ狂ってるみたいに熱い。  あんまりにも輝いているからもうアズサさんしか見えないし、その光景が現実味がなくてふわふわと夢を見ているみたいだ。  そこでちょうど帰ってきたアズサさんと、タッチするように千波さんがランウェイに出ていく。そして両手を広げて頭を下げ、大きな拍手を受ける。  ……今さらだけど、千波さんがこのブランドの代表者だったのか。  ぼーっとしたままそんなことを考えている間に千波さんが戻ってきて、その途端、無事終わったことの安堵と興奮でみんなが駆け寄りハイタッチの嵐。カメラマンも入ってきてその様子を写真に収めていく。  特に人とカメラマンに囲まれるアズサさんを見届けて、僕は僕でヨシくんと合流しようかと抜けようとして。  こちらを見たアズサさんとばちりと目が合った。そしてこちらに向けて少しだけ仮面を外した口が動く。「かっこよかった?」  聞かれるまま頷いて、それから「すごく」と口の動きだけで伝えた。  するとアズサさんは口の端を小さく上げて、嬉しそうに笑った。  その顔を見た瞬間かーっと耳まで熱くなってしまって、僕は逃げるようにしてその場を後にした。  ……熱はしばらく引きそうになかった。

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