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変化する日常 1

 あれからというもの、アズサさんの顔が正面から見られないようになってしまった。  ショーで受けた衝撃がずっと続いているみたいで、アズサさんを見るとすぐ顔が熱くなってしまう。  だってかっこよかったんだ。とても、とても。  普段を知っているからこその、ギャップのせいかもしれない。  最初は逆のギャップでなんだこの人と思ったけれど、それがまた逆転して困ってる。  ただ元々家の中には常に誰かがいるし、生活習慣も違うから、意識すれば避けることはそれほど難しくなかった。アズサさんだって暇じゃないから、大体リビングで寝てたり充電中みたいな状態でごろごろしてるだけで、夜は怒られて本来の家へ戻ることも多くなった。  大体元の生き方が違いすぎて、一緒にいる方が変なんだ。僕との接点といえば本来は、シェアハウスの、しかもリビングの部分だけ。  だからしょっちゅうアズサさんのことを考えてしまうのだって、誰にも知られていないし、そのうち治まるはずだ。  才能に満ちている人たちが身近にいすぎて麻痺していたけれど、外に行くとそれがどれだけ突出したものか突きつけられた気がして、あてられたんだろう、きっと。  そんな中で唯一の凡人である僕といえば、ひたすらにただの大学生をしている。  いや、周りはサークルにバイトに遊びと大学生らしい毎日を過ごしているから、普通かと言われればそうでもないけど。  成長したことといえば、多少料理が楽しくなったこと。  今まで自分に作るばかりであまり細かいことは気にしなかったんだけど、人に食べてもらうとなると色々考えることが多くなった。  味はもちろん栄養もそうだし、冷めても美味しいかとか、それぞれの生活の時間に合わせて作れるものだろうかとか。  それに付随して買い物の仕方や食材を上手いこと使い切るレシピの立て方も少し上手くなった気がするし、めちゃくちゃなりにみんなのペースもわかってきたから、着実にお世話係としては磨かれていた。この場合は、棗さんの見立てがすごかったのかもしれない。 「あれ?」 「おかえりー」  そんな小さな自負とともに買い物を終えて帰ってきた家で、住人ではない人物に元気よく迎えられて首を傾げる。  そこにいたのはヨシくんと中学生くらいに見える男の子。ヨシくんがやたら大きいせいで小さく見えるけど、たぶん僕よりちょっとだけ小さいくらいの体格。黒髪で、吊り目気味で勝ち気っぽい見た目の男の子だ。上下ジャージだけど、スポーツ用といった感じの見た目だし学校のものではなさそう。  ……どこかで見た気がするけど気のせいだろうか。中学生に知り合いなんていないしな。  そもそもここは友達でも部外者は入れちゃいけないんじゃなかったっけ? それなら身内? 「えっと、ただいま。ヨシくんの弟さん?」 「あ、いや、違……」 「(かえで)お兄ちゃんの弟だよ! よろしく!」 「「えっ?」」  自己紹介とともにばっちんとウィンクされて、ヨシくんと僕の声が重なる。 「楓お兄ちゃんって……」 「あ、そっか。源氏名でしか名乗ってないのか。いっけねー」 「ああ、紫苑さんの弟さん」  どうやら楓というのは紫苑さんの本名らしい。そういえば名刺に書いてあるのがその名前だったから当たり前に呼んでいたけど、ホストとしての名前が本名ではないよな。  ぺろりと舌を出して少々わざとらしく笑う弟くん。あまり反省をしているように見えないのは、悪いことだとは思っていないのか。紫苑さんの弟さんだけあって愛嬌があるみたい。……一応名前は聞かなかったことにしておこう。本人はあまり気にしなさそうではあるけれど。 「ゲーム持ってきたからヨシくんに遊んでもらってたんだ。ね?」 「あ、うん、そう……」  なぜか疲れたように頷くヨシくん。  テレビの前にゲーム機とソフトが広がっている。たぶん今までずっとゲームをしていて、疲れているんだろう。子どもの相手って大変だもんな。  生活サイクルが微妙に違うからか、紫苑さんとヨシくんってあんまり話しているところを見ないけど、弟くんとはゲームをする仲なのか。それとも、紫苑さんがいないから面倒見ていたのか。

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