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変化する日常 4
「他人事なんで勝手なこと言いますけど、興味が勝つならやった方がいいと思います。だってアズサさん本当に嫌なことだったら悩まない気がするし」
「……巴の俺像が歪んでる気がする」
「そうですか? でも僕に相談するってことは、自分の心の中では決まってることだけど、背中を押してほしいってことかと思いました」
もちろん大人だから嫌な仕事も経験しているだろうし、断れないことだってあるだろう。嫌でもやらなきゃいけないこともあるかもしれない。でも、そういうのを置いといて、興味があるなら手を出してみてもいいと思うんだ。
他人事だから、そういう綺麗事を事情も知らないまま簡単に言ってみる。
でも、図星だったのか、一度目を丸めたアズサさんが苦く笑った。この人でもこんな顔するのか。
「後に取っておいてもそれがいつなくなるかわからないから、やりたいことがあるならさっさとやった方がいいですよ」
すごく無責任な言い方かもしれない。でも、千波さんもそうだったけど、自分でなんとかできるならしてるだろうし、人に相談する時は大抵どちらかに天秤が傾いているんだと思う。
なんにせよ、どんなこともしょせん全部他人事で、最終的に決めるのは本人でしかない。どんなに勧められたって、嫌だったらやめればいいんだ。
だから僕にできることは、精々その選択がいいようになればいいと願うだけ。
「どうせアズサさんのことだからやればできるに決まってますよ」
「適当に言うなぁ」
「だってアズサさんの舞台度胸がすごいっていうのは目の当たりにしたし、どうせなにやったってかっこいいんだからいいじゃないですか」
きっと失敗したってかっこいいに決まってる。だったらなんでも試してみればいいと思う。
「それって、どういう意味?」
「どういうって、思ったままですけど」
「巴は俺のことかっこいいって思うの?」
「そりゃ……え、なんでそんな当たり前のことを」
やたら真面目な顔して聞かれて、冗談かと思ってしまう。だってなんでそんなわかりきっていることを聞いてくるんだ。
さっきから温めの終わったレンジがピーピー鳴っているのが気になってしょうがないから、なに言ってるんですかと答えながらグラタンを取り出す。
「じゃあ巴はなんで俺のこと避けてんの」
「えッ? さ、避けてませんけど」
「嘘。全然顔合わさなかった」
そんなタイミングでいきなりずばりとした問いかけがきて、声が裏返ったし危うくグラタンも裏返るところだった。取り落とすかと思った。
どうやらバレてたらしい。僕がひたすらにアズサさんと顔を合わせないようにしていたことを。
まあ割と露骨だった自覚はあるけれど、まさかこんなに率直に聞かれると思わなかった。気にしているような素振りも見ていなかったし。
「俺のこと嫌いになった?」
「嫌いなわけじゃ……ないです」
グラタンの焼き目に集中しているふりをして、どう答えたものか考える。
変わった人だなと思ったことはあるけれど、嫌ったことなんて一度もない。でも顔を合わさないようにしていたのは事実で、それは思いきり僕の事情で。
顔を合わせると赤面しちゃうから、なんて言ったら変な風に聞こえるよな。
「……巴って、もしかしてすごく鈍い?」
「鈍い? 僕が? なに、が……」
考え込んでいたせいで前半を聞き逃したのだろうか突然のよくわからない尋ね方に、思わず顔を上げて返して、言葉が止まる。
目を、見てしまった。
まるでメドゥーサだ。その灰色の瞳を真正面から見たら、絡め捕られたように動けなくなってしまった。
今なにを考えていたんだっけとか、グラタンが冷めてしまうとか、ふわふわした言葉が頭の中を回っている間に、その瞳が揺らめくように迫り。
「ん」
近づいてきた唇が触れる。重なる。深まる。
まるでそうなるのが自然かのように当たり前に触れているから、僕も当たり前に受け入れた。
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