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苦悩するオメガ 1

 短い期間で色々頭を悩ませたからか、どうにも最近体の調子が悪い。  熱っぽいしぼーっとするしめまいもするしで、迷惑をかける前にと大学帰りに病院に行くことにした。うつるものだったらまずいし、倒れても困る。  環境が変わったし、もしかしたら疲れもあるのかもしれない。なんでもなかったらそれでいいやと軽い気持ちで訪れた病院で受付を済ました後、なぜか別室に連れていかれて血液検査をされた。  よくわからないまま待っていると、診察室に呼ばれ、血液検査の結果が書いてあるんだろう紙を渡された。 「結果から言いますと、種田さんはオメガ性に変化していますね」  軽い風邪くらいのつもりで来たのに、目の前の先生から聞かされたのはとんでもない話だった。紙にも「Ω」の文字が記載されている。 「変化……? でも僕ベータだって」 「多くはないですが、症例としてはあるんですよ。元々オメガの因子を持っているのに、それが未熟な状態で検査をしてベータと診断され、後にオメガに変化したというケースが」  何度見返してもそこには「Ω」と書いてある。それってつまり、僕は元からオメガだったってこと? しかも、とても未熟な、オメガにもなりきれていないオメガ。 「通常の検査時にまだ確定していなかったという話なら、種田さんの場合だと5年くらいかけて徐々に変化していったのかもしれません。だから気づきにくかったのではないでしょうか」 「5年……」 「1度ベータと診断された後に、なにか、オメガの因子を活性化させる要因があったんだと思われます。大抵の場合は、アルファの存在ですね。俗に『運命の番』と言われる相手に会うと、番になるために体がオメガに変化していくとみられています」 「運命の番、ですか」  頭が働かなくて、オウム返ししかできない。  だって、まったく関係ないと思っていたアルファとオメガの運命の話が、まさか自分の身に降りかかってくるなんて。普通考えない。 「御伽噺のようなものだと思われていますが、実際にあるんですよ。因子同士が引き合う相手が。5年ほど前に会って、最近再会したアルファの方はいませんか? 詳しく調べてみないとわかりませんが、体調の変化から言ってその方に反応してオメガ化が急速に進んだものではないかと思われます」  5年前に会って最近再会したアルファ。  思い当たるのなんて1人しかいない。  運命の相手。思えば最初からそう言われていたじゃないか。  でも僕はベータで、アルファの人から運命なんて言われても、あるわけないと思っていた。だから信じなかったのに。 「ひとまずオメガ用の抑制剤を出しておきますが、しばらくは不安定なヒートが起こる可能性があるので、十分注意をして、なにかあったらすぐに受診してください」  他にも色々と体調のことを聞かれたりオメガとしての注意を聞いたりして、お金を払って薬も貰ったはずなんだけど、どうやって出てきたのかどうやって家まで帰ったのかいまいち記憶がない。だってあまりにも衝撃的過ぎたから。  僕が、オメガ……?  突拍子もなさ過ぎてそれこそ冗談みたいだ。だけど手元にはΩと書かれた血液検査の結果と抑制剤がある。  嘘でしょという気持ちと、もしかしてという心当たりが混じる。  もしかして最近ヨシくんや紫苑さんが僕の雰囲気が変わったと言っていたのはこれだったのだろうか。オメガとしてのフェロモンの影響が出てしまっていたのか。  ただ、そうなるとアルファばかりのあのシェアハウスに、オメガの僕がいていいのかという不安がある。自覚もなしにフェロモンを振りまいて、しかもヒートが不安定って、危険人物すぎるじゃないか。  棗さんが知ったらどう思うだろう。ベータだから雇われたのであって、不安定なオメガなんて危ない存在でしかない。自分でもそう思うんだ。管理している側からしたら、すぐに出ていってほしいんじゃないだろうか。だってあそこにいるのはただのアルファじゃなくて、才能があって人から必要とされている人たちばかり。そこに迷惑をかけたくない。  だけどここを出てすぐにどこか行くところが見つかるだろうか。こんな状態で、家探しと学校とバイトといっぺんにこなせるだろうか。  どうしよう。恐くて言えない。  なにより誰かに話したら、これが現実なんだと認めなきゃいけなくなる気がして言葉にできない。  ……そういえばアズサさんは最初から言ってた。ベータだと僕が言うのを疑って、病院に行けって。  それって、運命の番だからわかってたの? 「アズサさん……」  抑制剤を握り締めて、ベッドに伏せる。  アズサさんに会いたい。でも忙しいのかここには全然来てくれなくなった。  それとも忙しいんじゃなくて、あのことの後だからなのか? そういえば匂いのことを言ってなかったっけ。……ダメだ、あの時のことなんてはっきり覚えちゃいない。頭の中がぐちゃぐちゃだ。  いつもいて当たり前だから、アズサさんと改めて連絡を取る方法なんて考えたことなかった。

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