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苦悩するオメガ 3

「そっかぁ、ベータからオメガにねぇ。そんなことあるんだ」  お邪魔した空木さんの部屋で、アズサさんに話したのと同じような内容の説明をすると、空木さんは腕を組んで何度も頷いた。  空木さんはパソコン前のイスに座り、僕は横の大きなクッションに座っている。若干見上げる角度になっているからか、それともここが空木さんのテリトリーだからか、すごく小説家の先生っぽく見える。 「当事者じゃないから本当の意味で理解することはできないかもしれないけど、気持ちはわかる。大変だろうし、不安だよね。ただでさえオメガなんて不安要素しかないし」  空木さんの部屋は僕の部屋よりも広く、色んな荷物でいっぱいだった。大きなベッドが部屋の大半を占めるアズサさんの部屋とは違って、空木さんの部屋は主に本が詰まった棚で埋まっている。  そしてパソコンと一番離れたところにベッドが置いてあり、真ん中にはテレビとテーブルとソファークッション、小さな冷蔵庫もあってこの部屋だけで生活が完成されている。確かにこれなら部屋を出る必要がない。  もしかしてそれって、オメガだからということも関係あるのだろうか? 「とりあえず、しばらくはアルファの男どもには近づかない方がいいね。フェロモンに関しちゃ、普段の理性は関係なくなるから」 「そういうものなんですか?」 「アルファなんてただでさえ元の体格が違うのに、ヒートのフェロモンで理性のタガが外れるんだから想像はつくでしょ。普段がどんな人かなんて関係ないよ」 「……気をつけます」  オメガとして生きてきた空木さんの忠告はしっかりと飲み込む。  一応全員のスケジュールは頭に入っているし、それを念頭に動けば会わないようにすることはできるはずだ。 「まあ、本当は番を作っちゃえば楽なのかもしれないけど……そこんとこどうなの」 「どう、とは」 「……いや、そこまでは踏み込みすぎか。俺が口挟む話じゃないね」  詰められたのかと思えばすぐに引いた空木さんは、うーんと唸りながらイスを左右に回してみせる。 「俺は薬で管理できてるから参考にならないし、番のことを聞くなら棗さんの方がいいだろうけど……あの人その件は吐かないからな」 「え、あの、棗さん番持ちなんですか?」 「まああれだけバリバリに仕事するからには番持ちじゃないとねぇ」  自分のことで悩んでもらっているのに、意外な事実を聞いてゴシップ好きみたいな反応をしてしまった。  だって意外だ。棗さんがオメガだということも、番がいるということも。  勝手なイメージだけど、オメガと聞くともっと守られるのが見合う可愛らしい感じなのかと思っていたから。  でも、3か月に1度、1週間ほどヒートという名の発情期があるオメガが社会でバリバリ働くには、もはや番は必要要素なのかもしれない。もちろん薬で管理しているオメガもいるのだろうけど、その大変さは想像に難くない。  だから棗さんが番持ちだというのは言われればそうなのかもしれない。けれど、スーツの襟で隠れている首筋に噛み跡があるかなんて気にしたこともなかった。……大人だ。 「ひとまずフェロモンが安定するまでしっかり首輪つけて最新の注意を払うしかないね」 「あ、そうか。首輪買わなきゃ」 「通販する? ああでもこういうのは着け心地を確かめた方がいいのかな。全然使ってないからわかんないな」  そう言って空木さんはパソコンで検索を始めた。  首輪。確かに首輪は必要だった。もしかしたら病院でも言われたかもしれないけど、頭に入っていなかった。  オメガはヒートを起こしている時の行為中にうなじをアルファに噛まれることで「番」になる。それ以降フェロモンはその番相手に向かってしか効かなくなり、無節操にフェロモンを振りまかなくてよくなるそうだ。  ただ逆に言うとうなじを噛まれれば番になるので、ヒートに巻き込まれた知らないアルファといきなり番になってしまう可能性も十分にある。それを防ぐための首輪だ。首を隠して万が一を防ぐ。ヒートが不安定だと言われた僕には必需品。  とはいえそんなもの買ったことないし、着け心地と言われてもどういうものがいいのかわからない。  どこかで実際に試してみるしかないのか。やっぱり頑丈なものの方がいいのだろうか。いくらぐらいするんだろう。  空木さんに通販サイトを見せてもらって大体の素材や値段を頭に入れて、明日買いに行こうと決めた。早い方がいい。  それから他にも色んな注意事項や対処方法を聞いて、お礼を言って空木さんの部屋を出た。棗さんにも一応報告しとくから、心配しないでいいよと言ってもらって安心できた。僕の方からもちゃんと連絡しておこう。  棗さんへの報告は呆気なく済んだ。  先に空木さんが連絡してくれたおかげで説明もスムーズで、バイトも問題なく続投。ただ体には十分気をつけて、なにかあればすぐに相談してという言葉までもらった。なんでみんなこんなに優しいんだろう。  そうやって1つ山を乗り越えたと思った矢先、今度は別の山がやってきた。

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