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苦悩するオメガ 4
「アズサさんが、映画……?」
朝、ニュースサイトで見つけたその名前は、予想外の見出しとともにあった。
映画の主演と書いてある。
原作はベストセラー小説の「オオカミが嗤う」。五月雨麦 という有名な作家の人気シリーズもので、そういえば主人公は灰色の目をしていたはず。その目で未来を過去を見ながら事件を解決するサスペンスもの。その主役に、アズサさんが?
モデルのアズサさんが演技の仕事を? とはてなマークをいっぱい浮かべながらとりあえずテレビを点けてみる。ダイニングテーブルの方では徹夜明けの空木さんがぼーっとヨーグルトをつついているから音は小さめで。
ちょうど芸能ニュースが始まったところでその話題をやったけれど、プロフィールに載っているアズサさんの写真が映し出されただけで、書かれていた以上の情報はなかった。
「……あ、解禁になった?」
けど、情報は別のところからもたらされる。
「え、あ、空木さん知ってたんですか、アズサさんの映画のこと。これを撮ってたから最近特に忙しかったんですね」
「うん。一応原作だから先に聞いてたんだけど、情報解禁まで話せなくて。ごめんね」
ジャムを入れたヨーグルトを口に運びながら、空木さんは申し訳なさそうに爆弾発言をする。さらりと、今、なにかとんでもない情報が混じった。
「……え?」
「種ちゃんは喋らないだろうけど、一応そういうお約束なので」
「え、え、ちょっと待ってください、原作って」
原作?
原作って、五月雨麦の小説だ。空木さんは小説家で……。
「え、あ、五月雨麦!?」
「です」
こっくりと頷かれて、もうちょっとで腰を抜かすところだった。
なんとなくペンネームを聞きそびれていたせいで、空木さんが普段なにを書いているかは全然知らなかった。それなのに、まさかこんなタイミングで僕もよく知っている名前が飛び出して来るなんて。予想外すぎる。
「空木さんが五月雨麦だったんですか?! 僕、小学生の時に『ビジネス・ペパーミント』で読書感想文書きましたよ!」
「あ、待ってちょっとジェネレーションギャップ……読書感想文……嬉しいけど、小学生……」
「本も持ってました。火事で焼けちゃったけど」
「そんなのいくらでもサインしてあげるから。本当大変な人生だね、種ちゃん……」
勢いあまってテーブルに乗り出す僕の頭をよしよしと撫でる空木さん。なんだかここに来てからみんなに頭を撫でられている気がする。
確か五月雨麦ってデビューした時は高校生だったから、一時期美少年高校生小説家としてメディアに出ていた気がする。さすがにその時のことはよく覚えてないけど、アズサさんから空木さんのデビューした年を聞いていたんだ。その時に気づくべきだった。そんな若さでデビューなんて、そうあることじゃないんだから。
「そもそもあの主人公、モデルがアズサなんだよね。実写化の話はお任せしてたから、まさか巡り巡って本人が選ばれるとは。いやー聞いた時は驚いたね」
こっちはこっちですごい巡り合わせの話をしていて、なにもわからなかった話がいきなり繋がって驚いた。
元々読んでいた小説の作者が空木さんで、それはアズサさんがモデルで、それを本人が実写化するわけで。じゃあ僕は本人にここで会うより早くにアズサさんの姿を小説の中で見ていたのか。本当に、なんていう巡り合わせ。
「でも、なんで急に演技の仕事なんて。いや、元からCMとかはしてましたけど」
「ここだけの話、アズサは種ちゃんにかっこいいとこ見せたいんだよ。だから苦手な演技の仕事も引き受けた。種ちゃんに選んでほしいから、あれでも必死なの。可愛いよね」
アズサさんが悩んでいた苦手なものって、これだったのか。
……じゃあ、僕が言ったから引き受けたの? そんなバカな。
「いや、選んでって、普通選ぶのはアズサさんの方じゃ」
「アズサはとっくに選んでるでしょ」
空木さんが指さす先は、僕。
なにそれ。なんでアズサさんみたいな人がわざわざ僕なんか選ぶんだ。一般人も一般人で、得意なことなんかなくて、地味で、平凡で、代わりなんていっぱいいるような人間なのに。それなのに。
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