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効能は「運命」 5

「な、なんでそんなこと覚えてるんですか? なんか変な行動してました?」 「あの時巴に運命感じたから」 「運命……」 「巴は感じなかった? 握手した瞬間に、『これだ』って感覚。ほんの一瞬、フェロモンの匂いが香ったから、絶対にこの相手だって俺は思ったんだけど」  運命。アズサさんはいつもその言葉を持ち出す。  握手した時の感覚を僕だって覚えている。でもそれはアズサさんが特別な芸能人だから惹かれただけなんだと思ってた。  病院で言われた、オメガの因子が目覚めるきっかけ。それはやっぱりあの時だったのか。  じゃあ本当に、僕はアズサさんに反応してオメガに変化したってこと……? 「でもあの時はさすがに追いかけられないし、そのまんまにするしかなくて。でもファンだと思ってたから、そのうちまた会いに来るだろうと思ってたのに。全然どこにも来なくて困った」 「ファンというか、お茶の間で応援してたぐらいの感じだったので」 「だから俺の勘違いだったのかと思って、俺のこと好きっていう子の中にあの匂いの子がいるんじゃないかって探した」 「……もしかして、それで色んな人と付き合ってたんですか?」 「いざって時になったらフェロモンの匂いが変わるのかなって思ったんだけどやっぱそうじゃなかった」  紫苑さんが言っていた。寄ってくる子と付き合ってはすぐに別れてたって。それってフェロモンの匂いを確かめてたってこと? それで違うから別れたって、とんでもないガラスの靴だ。 「だから巴が俺のベッドに寝てた時にすごく驚いた。けど、思ってた感じとちょっと違って、本当にそうなのか確証がなかった」 「それで出会い頭に確証ないけど運命だって?」 「たぶんそうだと思ったけど、あの時のぶわっと体温上がる感じがなくて」  オメガとしての機能がちゃんと働いていない状態の体はフェロモンの放出もきっと不安定で、だからアズサさんにもわからなかったんだろう。ずっと、アズサさんはそれを確かめようとしていたのか。  別に今なにかがわかるわけではないけれど、隠れて匂いを嗅いでみたらその瞬間にアズサさんの視線がちらりと飛んできた。口の端が少しだけ上がっている。 「でも、この前、巴がえっちなことしてる時に」 「う、ぐぅ……」 「完全に俺が求めてた匂いがしたから、抑えが効かなくなって手出した。たぶん巴ヒート起こしてたと思う」 「え、で、でもあれは」 「うん、きっかけは例のチョコだろうけど、覚えてる? 巴が俺のこと欲しいって言ったの」  2人きりの車内だからかアズサさんは容赦がない。  恥ずかしくて消したい記憶をストレートに指摘されて、どんどん顔が熱くなってくる。せっかく意識しないようにしていたのに、あの日なにをしたかがどんどん蘇ってきてしまった。熱に浮かされていたから細かいことは靄がかかっているけれど、感覚と恥ずかしさだけは鮮明だ。 「一応、覚えてますけど、あれはそのなんか、気がついたら言ってて……」 「うん、だからちょっとやばいかなって思って堪えた。たぶん誘発されたんだと思うから、そういうのはちゃんと確かめてからの方がいいと思って」 「確かめてって」 「巴が、ちゃんと俺と寝たいかどうか」  思わず固まった。  どうやらアズサさんは今日、手加減してくれる気はないらしい。 「それを、今日一日で考えてほしいからみんなから巴のこと奪っちゃった」  ちろりと舌を出す仕草は愛らしいのに、内容は小悪魔どころの話じゃない。すごく大人の話をされている。この前、空木さんと初恋だなんだと話したばかりなのに。 「難しく考えなくていいよ。ただ、巴がどう思うかを素直に教えてくれれば」 「どう、思うか……」 「まあ俺は好きになってもらわないと困るけど」  アズサさんと会ったらあの時のことをちゃんと話さなきゃとは思っていたけれど、まさか車の中でこんなに追いつめられるとは思わなかった。  ずっと会っていなかったのに、この少しの時間だけで色々目まぐるしい。  そんな会話をしていたら、目的地まではあっという間だった。

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