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効能は「運命」 6
「チェックインまでまだ時間あるから、なんか食いに行こう」
お昼を少し過ぎた頃に着いたのは緑豊かな温泉地だった。
本来の目的はもう少し山深い場所にあるそうだけど、とりあえず観光兼ねてご飯を食べようとお店の多そうなエリアの駐車場に車を停めて歩くことにした。
僕も随分と軽装だと思ったけど、アズサさんはキャップとサングラスとボディバッグだけのより身軽な姿だ。
元からかっこいい人だけど、光を浴びるとより一層輝く体質なんじゃないかと思う。それぐらいキラキラしている。
ただ、観光地と言えど平日で、程よく人はいても1か所に集まっているわけではなく。みんな観光のために来ていて目当てがあるからか、アズサさんも思ったより目立っていない。これならゆっくりできそうだ。
……まあ、車の中で言われたことを考えると、心の底からのんびりというわけにもいかないかもしれないけれど。
「なんか、空木さんに頼まれて2人で出かけたの思い出しますね」
「今度は本物のデートだから」
「……はい」
そうか。デートなのか。
あの時はあくまでデートの資料を、という話で出かけたけど、これは本物のデートなのか。そうやって改めて言われると意識せざるを得ない。
むしろ初めてのデートが温泉地って、特殊すぎて僕が対応できるようなものじゃない気がする。
「これからまた時間取れなくなりそうだから、今のうちにデートしときたかった。から、巴が来てくれて嬉しい」
キャップを被り直し、アズサさんは優しく笑う。今日は本当にストレートだな。恋愛初心者の僕にはいちいち刺激が強い。
「さて、なに食べたい? なに欲しい? 全部叶えたいから全部言って。巴に好かれたい」
こちらの望みを聞かれたかと思ったら、ものすごくストレートな欲を伝えられた。
そこまで直球に告げられると、照れるよりも笑ってしまう。全部叶えるなんて豪快なことを言うわりに望みが小さくないだろうか。
「僕は、アズサさんと一緒にご飯食べて一緒にだらだらできれば十分です」
最近していなかった家での日常。
アズサさんとなにがしたいかと考えれば、それがしたい。
「んじゃ、ちょっとぶらついたら宿に行こ」
そんな僕の返答をどう取ったのか、アズサさんはお店が多そうな方向に歩き出した。気持ち早足な気がする。
まずは昼ご飯、と見つけたカフェに入った。昼を少し過ぎたところだったから、混み合ってはいないようですぐに席に案内された。窓際の景色のいい場所だ。
アズサさんはローストビーフのプレート、僕はホットサンドを頼んだ。
細身なのにがつがつお肉を食べるアズサさんは妙に男らしく、思わず見ていたら向こうからも視線が飛んできた。
「なに見てんの。巴のえっち」
「な、なんでですか。細いのによく食べるなって思ってただけですっ」
「痩せすぎるといけないから」
さらりと答えられたことに、当然ながらも思い当たらなかった気付きを得て感心する。そうか。太るだけじゃなくあまり痩せてもいけないのか。体型管理も仕事なんだ。
「そういえば仕事は大丈夫なんですか? 1泊なんてして」
「今日の朝撮影して、明日、日が落ちてからまた撮影だからちょうど時間が取れたとこ」
「そんな忙しい合間に旅行って。ちゃんと休んだ方がいいんじゃ」
「休むより巴といたい」
体の心配をしていたはずなのに、目を見つめて告げられてひゅっと息を飲んだ。パンを喉に詰まらせるところだった。
「巴見てたら、俺って意外と独占欲強いんだって気づいた。だから今日ぐらい特別な場所で独り占めしたい」
外だから安心だと思っていたけれど、本当に今日のアズサさんは手加減してくれないらしい。
さすがの僕だって、これは口説かれているんだとわかる。わかったからとはいえ上手い返答どころか耳を赤くさせることぐらいしかできない。
「いい部屋取ったし、のんびりしよ」
のんびりする気持ちがあるということを教えてくれたのは嬉しいけど、前半に引っ掛かる。ただ、いい部屋とは、と口を開く前に、先制したアズサさんが手を伸ばして僕の唇に人差し指を当てた。
「先に言っとくけど、巴がなに言っても払わせる気ないから。巴といちゃつくためにいい部屋取ったんだから堪能して」
先回りして言いたいことを封じられて、ぐぅと言葉を飲み込んだ。
いい部屋というのがどれくらいなのかわからないし収入の違いもあるけど、それでも当然のようにアズサさんに払ってもらうのは違うと思うんだ。でも、その気持ちをわかっててあえて強い言葉を使って封じたアズサさんは、僕の一枚も二枚も上手。
「い、いちゃ……つくんですか」
「もちろん。部屋では2人っきりだよ」
少ないとはいえ人目があってこれなのに、2人きりの部屋でなら。
ストレートなことを言ったかと思えば匂わせるようなことで惑わせるアズサさんは、どうやら肉でパワーチャージして絶好調の様子。
「俺のこと意識して。もっと考えて」
「……意識は、十分してます」
「うん、わかる」
必死にホットサンドを口の中に詰め込みながら、ぼそぼそ呟く僕にすんなり頷くアズサさん。
美味しいはずなのになかなか食が進まないのは、アズサさんがまっすぐ僕を見るからだ。
「巴って俺のこと好きだと思った時にフェロモンの匂い濃くなるよね」
「うぇっ? なんですかその恥ずかしい分析」
「わかりやすくてカワイイ」
頬杖をつき、僕だけに聞こえる声で囁くアズサさんは、からかっているかもしれないけど嘘を言っているようには見えない。
それって、アズサさんのことが好きと思った瞬間が本人にバレるということ? いくら自分でコントロールできない不安定な状態とはいえ、そんな恥ずかしいわかられ方があるなんて。
「だから今日は、俺らが両思いだって巴が認めるまでの話だと俺は思ってる」
「……アズサさん今日すごく意地悪ですね」
「あんまり回りくどいと誰かに取られそうだから」
黙っていたらわからないことをわざとネタバラシするのも、僕に意識させるためだろうか。
なんとなくで流される人生を送ってきた僕に、アズサさんは気持ちの決断をさせようとする。
「好き」という曖昧な気持ちの強さがどれくらいかなんて、僕にはわからない。そもそもこれが本当に恋かもわからないというのに、アズサさんは意識して考えろと言う。
それこそ僕がもっと簡単に「運命の番」という言葉を信じられたらいいのに。
僕がちゃんとしたオメガだったら、こんなに悩まなくて良かったのかもしれない。
それからしばらく食べ歩きしたりお土産を観たりと、微妙な緊張の中でも散策を楽しんでから、チェックインできる時間になったとホテルに向かった。
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