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効能は「運命」 7

「……なんか、一軒家みたいなんですけど」 「離れだからね」  車で直接入れる離れとは。  僕が想像したいい部屋と全然段階が違った。  てっきり遠くから見えた大きなホテルの前で停まるのかと思っていたのに、そこを通り過ぎ、宿の人に誘導されるまま奥の人通りのないところへ進んだ。すると、緑の木々の合間に立派な離れが現れたんだ。  そのまま車を降りて中に入り、落ち着いた和室でチェックインし、あっという間にとんでもないところに2人きりになってしまった。 「おいで。温泉あるよ」 「へ、部屋に温泉?」  アズサさんに手を引かれて和室を抜けて縁側のような場所に出ると、その奥に露天風呂があった。温泉付きの離れなんて、そんなものがあるのか。  なにより温泉の隣にやたらとムーディーな寝室があって、1歩引いてしまった。そちらは和洋室になっていて、少し薄暗い部屋の中に大きなベッドが2つ置いてある。  それを見た瞬間、「巴が、ちゃんと俺と寝たいかどうか」考えることを促してきたアズサさんの言葉を思い出し、繋いでいる手にじわりと汗が浮かぶ。  意識してる。すごく。  こんなところで実感してしまった。  好きな気持ちなんてもっとピュアなものだと思っていたのに、それだけじゃないからこそわかってしまった。 「どうする? まず温泉……巴?」 「アズサさん。アズサさんに話したいことがあるんでいいですか。ちゃんと、考えたんで」  手を握りしめたまま動かない僕を訝しく思ったのか、アズサさんがゆっくり僕の名前を呼ぶ。だからそう告げて和室に戻った。  先延ばしにしていたら、きっと言えなくなる。 「それって、俺への気持ち?」  向かい合って座って、アズサさんの言葉に頷いた。 「僕、アズサさんのこと好きなんだと思います。たぶん」 「たぶんってのは?」 「アズサさんの言う、『運命』とかそういうのが全然ピンと来てないのに、『運命』じゃなかったらアズサさんが僕のことなんか見るわけないって思って。だったら、僕の『好き』っていうのはアズサさんと違うんじゃないかって、思います」 「そんな難しい話じゃないと思うけど」  アズサさんはそう言うけど、僕にとってはとても難しいことだ。  いい人だなとか優しい人だなという好意はわかる。ただ恋愛の意味の好きとなると、どう判断していいのか困る。ときめけば恋なのだろうか。ドキドキしたら恋愛? 「僕にはわからないから、気持ちを話すのでアズサさんに判断してもらっていいですか」 「俺が判断していいの?」 「アズサさんのことなので」 「いいよ、聞く」  向かい合って手を繋いだまま、アズサさんは片膝立てて僕の顔を覗き込む。いつもより表情が優しい。 「えっと……」 「いいよ、ゆっくりで」 「……いなくなって初めて気づくっていうか、アズサさんがシェアハウスに帰って来なくなって、いるのが当たり前じゃないんだなって、当然のことに気づきました。本当に、当たり前なんですけど」  そもそも別の家へ引っ越した人なんだし、最初はなんで頻繁に帰ってくるんだろうと思っていた。  だけど、アズサさんがそこにいる風景が当たり前になって、なにかあった時は傍にいて、わかんないうちにそこにいる方がいつものことになって。  今までこんな人に会ったことないし、こんなに近くに人がいたこともない。  たくさんの人と関わって別れてきたからこそ、一人ひとりに深入りしないのが普通のことになっていた。それなのにアズサさんは最初からそれを飛び越えてきた。その距離がいつの間にか普通になっていた。 「……両親いないって話しましたっけ」 「棗さんからなんとなくは聞いた」 「だから大事なものでも簡単になくなるし、なくした時に苦しくならないように、あんまり思い入れとかない方がいいと思ってて。なくなるならしょうがないって諦める癖がついてたんですけど……アズサさんってやっぱりいて当たり前であってほしいなって思って」  物も人もなくなる時は呆気なく簡単になくなるから、ある程度の関心で止めておく方がいいと思ってたんだ。  でも、なんでかこうやって手を繋いでいてくれるこの人だけは、ここまでって書いた線を平気で踏み込んできて、それも嫌じゃなくて。  劇的な気持ちじゃない。色んなドキドキを積み重ねた結果、アズサさんがそこにいてほしいと思うようになった。 「ずっとベータだと思って生きてきたし急にオメガだとか言われてもどうしたらいいかわからないですけど、それでも、運命の相手がアズサさんだったらいいなって思います」  オメガとしての知識も気持ちも未熟で、運命かどうかもわからないポンコツっぷりだけど。  アズサさんがそれでいいと言ってくれるなら、よろしくお願いしますと頭を下げる。すると、頭を上げた時にはアズサさんが額に手を当てて斜めに傾いていた。  その表情はなんだろう。苦悶? 思案? 苦慮?

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