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効能は「運命」 8

「アズサさん?」 「ねえ、巴。さっきからものすごく可愛いことばっか言ってるけどいいの? 俺は巴が好きだから、嫌がられない限り手出すよ? わかってる?」 「……そりゃ色々未熟だしアズサさんに比べたら僕なんておこちゃまレベルでしょうけど。そういうのがわからないほど子供でもないです」  誰かと付き合うよりも前に恋愛さえまともにしたことがないんだから、当然経験だってない。いまだにアズサさんとのことを思い出して身悶えるくらい恥ずかしくなる。  それでも2人で泊まるという意味が、ただの旅行じゃないのだってわかっている、つもり。  だからこそ悩んで、今の気持ちをぶつけたんだ。この気持ちが本当に間違っていないのかって。 「ずっと、アズサさんのことで頭がいっぱいなんです」  いればいたでアズサさんのことを考えるし、いなかったらいなかったでちゃんと食べてるか休めてるかなんであんなことをしたのかとかずっと考えてる。  部屋はもちろんリビングでも中庭を見てもお風呂でもアズサさんの思い出と結びつく。  僕がシェアハウスで過ごした日々は、イコールでアズサさんとの記憶なんだ。そして、だからこそわかった。アズサさんが僕にとって特別な存在だってこと。 「思えば、アズサさんの匂いがあったから火事で焼け出された夜も眠れたし、人がいっぱいのあの家で馴染めたし、なにしててもかっこいい人だなって思うし、アズサさんのキス、すごく気持ち良かったし」 「巴は煽るの上手いね」  深く息を吐き出し、アズサさんは繋いでいない方の手で僕の頬に触れ、そのまま唇を重ねてきた。 「ん、んん……」  瞬間的に、アズサさんへの言わなきゃいけない言葉が詰まった脳がてろてろと溶け出す感じがした。気持ち良くて頭が考えるのをやめてしまう。 「もう十分。巴はしっかり俺のことが好きだし、俺はそんな巴がもっと愛おしくなった」  離した唇に触れ、アズサさんの瞳が微笑む。 「俺はね、『運命』はつまり『一目惚れ』で、『好き』は『キスしたい』と思うかどうか、だと思ってる」  思考が緩んでいるところに本当に簡単に言い切られて、一瞬間が抜けたようにきょとんとしてしまった。  それは、確かに簡単だ。 「……それでいいんですか?」 「この人に好かれたいって思う相手かどうかが前提で、だけど。もう1回俺とキスしたい?」 「したい、です」  一度のキスで凝り固まっていた思考が溶けてしまったかのように、僕は素直に答える。  それで言うなら確かに最近出会ったみんなは親切でいい人たちで好きだけど、キスしたいかなんて思ったことはない。性愛かどうかで判断する考えはなかったから、素直になるほどと思ってしまった。  つまりキスしたい相手のアズサさんを、僕は好きってことだ。なるほど、単純でいい。それにわかりやすい。 「アズサさんのこと、好きって言っていいですか」 「……巴だけに特別に教えてあげるけど、『好き』って言い続けるともっともっと『好き』になるんだよ」  たぶん、を付けずにそう言い切っていいかという問いには甘いキスを返された。今度はそれだけで終わらず、幾度も触れて、そのたび深まっていく。 「好きだよ、巴。ずっとこうやって触れたくて我慢してた」  思考が蕩けそうな甘いキスと、耳朶を震わす低い声。  唇で促され、薄く口を開けるとアズサさんの舌が入ってきた。戸惑う僕の舌に触れ、絡んで、一気に体が熱くなる。 「ん、はあ……んんっ」  触れた舌先から痺れるような気持ち良さが襲ってきて腰が抜けそうになった。その感覚を追うと息を吸うのもおろそかになってしまう。  そして力が抜けた体を支えられたまま倒されて、畳の上に倒れ込む。覆いかぶさってきたアズサさんの唇が、ちゅ、ちゅ、と音を立てて小さなキスを繰り返すのが焦れったくて、気持ち良くて。 「……巴、よくベータとして生きてたね。他のアルファに見つかんなくて良かった」 「ふ、え……?」 「キスだけでこんなにとろとろに溶けちゃうとか、危なすぎる」 「だってアズサさんのキス気持ちいいから」  僕のせいじゃない。悪いのはアズサさんだ。  だって僕はこんなキスするのは初めてで、されるがままなんだ。だから気持ち良くするアズサさんの方に責任があると思う。どこにも力が入らないくらい僕をぐだぐだにしたのはアズサさんでしかない。  免疫のない相手に、こんなに気持ちのいいキスをする方が悪いに決まってる。 「言ったでしょ。俺ら相性いいって」  僕の髪を撫でるように梳いて、額にキスを落とすアズサさん。それだけで甘い電流が走ったかのように吐息が震える。  

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