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効能は「運命」 10
その後交互に温泉を堪能している間に、並べられた夕飯は目に鮮やかな本格懐石料理だった。
家では作れない凝った料理の数々に、どれから手を付けようかわくわくしてしまう。そんな僕の様子を、テーブルの向こう側からご機嫌な笑みを浮かべて見ているアズサさん。お風呂上がりのしっとりした感じに浴衣姿は卑怯なほどかっこよく、どこか色気があって、本当に目のやり場に困る。プロのモデルは本当にずるい。
「ほら、巴。この後体力使うだからちゃんと食べて」
できるだけアズサさんが目に入らないように視線を懐石に固定して食べていたら、向こう側からとんでもない言葉が飛んできて噴き出しそうになる。
「……そんなこと言われたら食べづらいです」
「美味しいよ?」
「美味しいですけど、いっぱい食べたら張り切ってるみたいじゃないですか」
「ふ、ふふ」
抑えきれないと言った感じに笑みを漏らすアズサさん。ご機嫌なようで結構だけど、この先を匂わせられるといちいち耳まで赤くなってしまうから勘弁してほしい。
それでも美味しい料理は手が止まらなくて、結局二人とも綺麗に完食してしまったからアズサさんもご満悦の顔だ。そんな顔までかっこいいんだからいい加減にしてほしい。
後片付けをしに来てくれた仲居さんに美味しかった料理の感想をしっかり伝えて、その仲居さんが帰ったタイミングでアズサさんに手を取られた。
そして有無を言わさぬ力強さで先導され、あっという間に隣の寝室に連れていかれた。ためらう隙間なんて与えてくれない。
寝室は間接照明だけで照らされていて、とても雰囲気のある空間で薄暗いのが幸い。その奥のベッドに手を引かれて座ると、すぐにアズサさんもベッドに乗ってきた。
「あ、ま、待って。やっぱりもうちょっと心の準備を……」
「したでしょ、十分」
「で、でも、緊張して、なんか」
いざとなるとやっぱり緊張で固まる僕に対して、アズサさんはなにも言わずに僕の頬に触れた。さっき手を握られた時も思ったけど、いつもより指が冷たい。
言外に緊張していることを告げてくれ、それで同じ気持ちなんだとほっとして体の力が抜けた。アズサさんでもこういう時緊張するんだ。
嬉しくなって小さく笑ったら、アズサさんがほんのちょっとだけ唇を尖らせた。でもすぐに切り替えたようにその唇で僕に触れてくる。
「あっ」
そして浴衣の袂から差し込まれた冷たい指先が肌に触れて、小さく体が跳ねた。でもキスされながら浴衣を脱がされれば、すぐにその冷たさも馴染んで気にならなくなる。
「うやむやにしたくないからちゃんと言っとくけど、好きだよ巴」
「ぼ、僕もです」
「最初から絶対に相性いいと思ってたけど、本人を知ってもっと好きになった。可愛いし、悪いこと言わないし、映画にのめり込んでる姿は愛しいし、巴の作る味が好きで、傍にいたいし誰にも取られたくない」
「僕みたいな地味で平凡な人間、誰も取らないし、そんな物好きいませんよ。……アズサさん以外」
甘い囁きを吹き込まれ、軽いキスを繰り返して、そのままベッドに沈む。
アズサさんがなんでそんな風に言ってくれるのかわからないけど、そんな変わり者滅多にいやしない。だから変な心配しないでくださいよと手を伸ばしたら、顔をしかめられてしまった。
「そういう鈍さはだいぶ心配」
「にぶい?」
「みんなすごい速さで手懐けておいて、なにが地味で平凡なの。俺のことこんな惚れさせておいて、本気で言ってる?」
「本気ですよ。アズサさんこそなに言ってるんですか」
「……むしろ鈍くて助かったのかも」
よくわからない呟きとともに吐かれたため息が肌に触れ、身を震わせてふと気づく。
「……アズサさん、すごく大事なことに気づきました」
部屋に着いた時のキスの気持ち良さ。もちろんアズサさんのキスがそういうものだということもあるだろうけど、それでも頭がふわふわする感覚はこの前と同じだった。
ヒートを起こしていたんじゃないかとアズサさんが考えた、あの時と同じ。つまり。
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