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効能は「運命」 13
目覚めて最初に思ったのは、安心感だった。
体中を満たす安堵のような穏やかな気持ちにため息をついて、目の前にある胸板を上へと辿っていく。
天使みたいに綺麗な寝顔。金色の髪は差し込んでくる朝の光に艶めいていて、肌荒れとは無縁のお肌はつやつや。顔が小さくて髭も生えてなくて、本当に作られたみたいなかっこよさ。こんな近くで見ているのに粗が一つもない。
……なんか不思議だ。
最初にこうやって一緒に寝てたことに気づいた時は、驚いて息を殺して逃げた。だけど今日は違う。
なんならこの至近距離で顔を見ることがあまりないから、まじまじと見て堪能してしまった。
その視線がくすぐったかったのかもしれない。
目をつむったままのアズサさんの唇が、小さく動く。
「……今日は逃げられてない」
「おはようございます」
「おはよ」
どうやらアズサさんも同じことを思ったらしい。その偶然に笑いながら挨拶したら、やっとその瞳がお目見えした。まだ少し眠気の残ったとろりとした瞳。色っぽくて、少し可愛い。
「どっか痛いとこない?」
「えーっと、たぶんないです」
抱きしめられた格好のままで目覚めたから、全身を確かめたわけじゃない。それでも一番気になるのは腰のだるさくらいで、体の方はすっきりしているくらいだ。少なくともあの変な熱は引いたみたい。
「ここは?」
首の後ろに手を回したアズサさんに指先でなぞられたのは、たぶん歯型。アズサさんにつけられた、番の印。
「くすぐったいです」
同じように手で触れると、浅くデコボコしている。痛みはない。
「巴がここにいてくれるのがめちゃくちゃ嬉しい。夢かと思った」
僕以上に何度もその跡を辿って、アズサさんは深く息を吐く。夢かと思った、はどちらかというと僕のセリフじゃないだろうか。
「……なんか、不思議ですね。本来なら絶対に会わないような人と出会って、今はこうやって一緒にいて……番にまでなるなんて」
「それが『運命』ってやつじゃないの」
「確かに。そっか。そうですね。難しく考えることないですね」
少し前までベータとして過ごしていた僕にまさか番ができるなんて。誰が想像できるものか。
考えたってしょうがないことを、もう難しく考えるのはやめよう。そう思えた。
「……俺さ」
僕の額に軽くキスを落とし、寝転がったまま僕を抱き締めてきたアズサさんが、ふと声のトーンを落とす。
「母親が夜働きに行ってて朝は寝てて他の時は男と遊びに行ってて、全然家族の縁とかわかんなくてさ」
独り言のような言葉で教えてくれたのは、アズサさんの家の話。
そういえば早く家を出たいからモデルを始めたとか言ってたっけ。
「でもあの家は、アロゾワールはさ、なんかみんな好き勝手やってんのになんとなく家族みたいで、好きなんだよね俺」
「わかります。すごく居心地いいですよね」
「その中で、巴とは一番特別な繋がりが欲しかった。だから俺の番になってくれて本当に嬉しい。ありがとう」
「……こちらこそ、僕の大事な人になってくれてありがとうございます。大切にしますね?」
家族の縁のなさは、僕も同じ。そんな2人があの家で出会って、番にまでなるなんて、なるほど確かに『運命』だ。
「それ俺のセリフ。大切にするし気持ち良くもする。巴が、俺がいないといられないくらいぐだぐだにしたい」
「……昨日されましたけど」
「全然足りない。ぜんっぜん、足りない」
あえて重ねて言うことで足りなさ加減を伝えてくれるけど、冗談もほどほどにしてほしい。あれ以上ぐだぐだになったら僕はたぶん溶けてなくなる。
「今度俺んち来て。誰もいないしベッドしかないから、なんでもできるよ」
「なんでもって……なにする気ですか」
「なに想像してんの? 巴のえっち」
「じゃあアズサさんはエッチなこと考えてないんですね?」
「巴が望んでることはするよ」
「それ卑怯ですよ」
番になったとてこの関係性が変わるわけではなく、僕がアズサさんに口で勝てるようになるにはまずその飄々とした表情を崩すところから始めなくてはならない。
「とりあえず温泉入ろうか。全部洗ってあげる」
……当面無理そうだけど。
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