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マッチと導火線 2
「今度上から下まで服のサイズ教えといて」
「……アズサさんってもしかしてすごく独占欲強いんです?」
「そうだよ。言わなかった?」
「……そういえば聞きました」
言外に全部を自分色に染めたいというようなことを言われて、飄々としている表情とのギャップにくらくらしてしまう。
「そんなことわざわざしなくても」
わざわざ示さなくても独占市場だと思うけど。そもそもそんな物好き他にいないと言うのに、アズサさんはなんでか不満げだ。
「俺が一番巴のこと可愛くさせんの」
「なんですかそれ」
なんならもうアズサさんが可愛い。かっこいい顔で拗ねながら可愛いことを言うのはやめてほしい。
「それよりなに食べます? 時間ないんですよね」
「本当は巴のサンドイッチ食べたい。オムライスも食べたい」
「……今はお店で食べられるもので」
今度アズサさんが帰ってきた時には作ろうと心のメモ帳には書いておいて、今は現実的なお店を探す。
センパの作業場がビル街の奥まったところにあったからとりあえずお店の並んでいる通りまで歩いてきたけど、目につくのはカフェとイタリアンっぽいお店とお蕎麦屋さん辺りだろうか。時間的に早く食べられるものがいいだろう。
「じゃあ……ん?」
ふと、アズサさんが言いかけた言葉を止め、今来たのとは別のビル街の方を見た。何人かが集まって喋っていて、その奥の暗がりに女性が蹲っている。
肩を上下させて荒い息を繰り返しているその人は首輪をしていた。
「もしかして、ヒート……?」
瞬間的に思ったことを口にすると、アズサさんが駆け出した。慌てて僕も追う。
「大丈夫ですか」
囲んでいる男の人たちの間を割って入りアズサさんが膝をついてその人に問いかける。顔を上げた女性の頬は上気していて目は潤み、荒い息を吐いている。やっぱりヒートだ。
「巴、抑制剤持ってる?」
「あ、ありますっ、緊急用のっ」
突然の事態に頭が真っ白になっていると、アズサさんが冷静に指示を出してくれて、慌ててリュックを探った。
温泉の後に行った病院で、番になったとはいえ、元々フェロモンが不安定な体質だからと落ち着くまでと弱い抑制剤を処方された。その時に、念のためにまだ緊急用の抑制剤も持っておいた方がいいと言われてリュックの中に入れておいたんだ。今度こそ忘れていない。
本人も持っているかもしれないけれど、今自分で打ってないなら聞いて探すよりこっちの方が早い。
取り出した抑制剤は普段飲む錠剤と違って、アナフィラキシーの時に打つエピペンのような形をしているから、服の上からでも打てる。これは僕の役目だ。
「抑制剤打ちますからね。大丈夫ですから」
女性に声をかけている間にアズサアさんが睨みを利かせてくれたのか、周りの男の人たちはあっという間にどこかにいってしまった。過剰な反応はしていなかったから、たぶんみんなベータだったんだろう。
どうしていいのかわからなかったのかもしれないけど、助けも呼ばずに取り囲んでいたところをみるとあまりのんびりできる状況でもなかった気がする。
「……効くまでどこか休んでた方がいいな」
その中で唯一冷静なアズサさんの言葉で、僕は周りを見回した。
たまたますぐ近くにアルファがいなかったおかげで大事には至らなかったけれど、まだ安心はできない。抑制剤を打ったことによる副作用もあるし、ヒート時のオメガのフェロモンは強いからこのまま屋外にいるのは危ない。
その時、騒ぎの内容を確かめようとお店のドアを開けてこちらを見ている人と目が合った。
「すみません、休憩室貸してください!」
お店なら従業員用の休憩室があるはず。思い切って声をかけると、その人はドアを開けて中へ導いてくれた。
「アズサさんこっち!」
アズサさんは女性を軽々と抱え上げ、僕は紙袋と女性の荷物を持ち、開けてくれたドアへと滑り込む。そしてお店の人の案内にしたがって、店の奥のドアのついた小部屋に入れてもらった。
「外で待ってる」
そう言ってアズサさんがドアを閉める。番持ちであるアルファには他のオメガのフェロモンは効かないけど、番持ちでもオメガと違ってアルファは見た目じゃ見分けがつかない。だから怯えさせないようにだろう。
「あの、僕オメガなので大丈夫です。落ち着くまでこっちにいますね。これ、荷物です」
僕の方は、わかりやすくうなじについた歯形を見せて、少し離れたところに座る。確か薬が効くまでに5分くらいかかるはず。
知らない人間が傍にいるのは落ち着かないかもしれないけど、副作用で具合が悪くなるかもしれないから念のために端の方で待機する。
「……すみません、もう大丈夫です。ありがとうございます」
しばらくして、呼吸が落ち着いてきた女性に声をかけられた。どうやら薬が効いたらしい。
「良かった。どこか痛いところとか吐き気とかはないですか? タクシー呼びましょうか」
「すみません、朝抑制剤は飲んだのに」
「大事がなくて良かったです。手貸しましょうか」
ヒートをヒートとしてちゃんと認識できるくらいの知識もなかった落ちこぼれオメガとしては、その不安は本当の意味ではわかることはできないと思う。だからせめて大事に至らなくて良かったと声をかけるくらいしかできない。
荷物を抱くように持っている女性に手を貸して立ち上がるのを支えると、もう一度体調を確認してからドアを開けた。
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