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ターニングポイントは凸然に 1

「君、ちょっといい?」  大学終わりにスーパーで買い物をして帰ってくると、家に入る手前で声をかけられた。  振り返れば知らないおじさんがスマホ片手に近寄ってくる。道でも聞きたいのだろうか。 「ここの家の人? 芹沢アズサって知ってる?」 「……なんですか?」  なぜこんな坂の上のあまり人気がないところに立っているのだろうと訝しがる僕に、おじさんはフレンドリーな笑顔を浮かべて問いかけてくる。  その名前を聞いた途端、うなじの辺りがびりびりとざわめいた。まるで警告を訴えているような体の反応に、1歩身を引いて離れる。 「最近彼ここに帰ってきてる?」  ファンという感じじゃない。それよりもっと嫌な感じだ。笑顔は浮かべているけれど探るような目線で見られて肌がチリチリした。 「この写真になんか心当たりないかな」  なにも答えない僕の前に、おじさんはスマホに映し出したなにかの写真を突き付けてくる。明るい画面に金髪がちらりと見えた瞬間、間に黒い腕が伸びてきてのけぞるように引き離された。 「怪しい人にかまっちゃダメ」  突然のことに驚きはしたけれど、声ですぐ誰かわかったから上げそうになった声は飲み込む。見上げて目に入ったのは黒マスクのヨシくん。  ベースを肩に担いだスタジオ帰りと思われるヨシくんは、僕のことを抱えるようにしてそのまま門の中へと入っていった。後ろでおじさんの舌打ちが聞こえた。 「……大丈夫?」 「なんか急に話しかけられました」  引きずられるままに玄関へと入って、家に上がってやっとヨシくんの手から力が抜ける。いつもは格好が恐いだけだけど、今は表情も険しい。 「よくないのがうろついてるな。なんかあったかな」 「なんか、アズサさんがここに帰ってきてるかって。あと写真が……」 「なんか見せられた? 答えた?」  今起こったことをそのまま話すと、真正面から肩を掴まれ険しい顔で問い詰められた。とりあえずなにもと首を振ると、ヨシくんはくしゃくしゃと長い髪を掻き回して大きく息を吐いた。それから僕の持っている荷物に気づいて、それを持ってキッチンへ向かう。  なにか悪いことが起こっているのだと気配で感じた。 「おかえり。……なんかあった?」  そうこうしているうちに、ドアの開く音を聞いたのか空木さんが階段を下りてきた。そしてすぐに異変に気付く。 「外に怪しい男がいてアズサさんのことを聞いてきたって」 「アズサ? 種ちゃんに?」 「記者っぽい」  ヨシくんが報告し、空木さんが眉根を寄せ、それに対して口を開こうとした時スマホが鳴った。  表示されたのは今話題に上がっている人の名前。 「アズサさん?」 『ごめん、巴。迷惑かける』  電話に出るとほぼ同時に、アズサさんは低い声でそう告げた。  思わず外を見やって、それから意識を電話の向こうに戻す。  「どうしたんですか?」 『この前のが写真撮られてたらしくて、それが週刊誌に載る』  ため息混じりに告げられたのは、自分とはおよそ関係ないと思っていた類の話。  それでも写真と聞いて瞬間的に思い浮かんだのは、今外で見せられたものだ。あの金髪、やっぱりアズサさんだったのか。ほんの少ししか見えなかったけれど、見覚えのある場所だった気がする。 「この前って……もしかして、あのヒートを起こしてた女性の?」 『そうらしい。巴はちゃんと顔が映ってないから大丈夫だと思うけど、一応先に言っとく。巻き込んでごめん』  早口で謝ったアズサさんは、呼ばれたようですぐに通話を切った。載せられるということがわかって、仕事の合間にかけてきてくれたらしい。  じゃあやっぱり、今の人も関係あるのか。 「なに、アズサなんだって?」 「週刊誌に載るから巻き込んでごめんって」 「撮られたの? 種ちゃんも?」 「顔は映ってないって言ってましたけど……なにがなんやら」  たぶん千波さんの事務所から帰ってくる時のことだろうけど、あの場に週刊誌の記者みたいな人がいたのだろうか。それだったらアズサさんがわかりそうなものだけど。 「たぶん、これ」  すぐにスマホで検索してくれたらしいヨシくんが見せてくれたのは、アズサさんが首輪のついた女性を抱えている写真だった。確かにさっき見せられた写真はこれだった気がする。  少し遠目から撮られているから、離れた場所にいた人なのだろうか。  ただ、写真を載せている人はアズサさんだとわかっていないようで、助け方がかっこいいという感じに褒めている。どうにも通りすがりっぽい。

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