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ターニングポイントは凸然に 2

「これ自体はただ偶然かっこいいところを見たって感じに言ってるだけだけど、コメントの方でアズサさんだって気づいた人がいる。その人たちが、ラットを起こしてないからすでに番がいるんじゃないかって騒いでて、それが週刊誌に拾われたっぽい」 「最近はネットからもネタ拾うからねぇ」  よくわからず首を傾げている間に、ネットに慣れているヨシくんがすぐに答えを導き出してくれた。そして空木さんの呆れた呟きで、そういうものなのかと新しい知識を得る。  言われてみれば、確かにそうだ。オメガがヒートを起こしている現場にいる普通のアルファだったら、そのフェロモンに誘発されて発情、つまりラットを起こす。だけどアズサさんは冷静に対処していたから、番がいるとバレたのか。 「これじゃあ種ちゃんの顔はわかんないね。アズサはまあ、目立つからなぁ」  金髪にサングラスでお姫様抱っこだ。そりゃあ目を引くし気づく人は気づく。対して僕はアズサさんの帽子を深くかぶっているから、顔はほぼ見えていない。服装だって特徴的なものはないし、そもそも誰でもないんだから気づかれようがない。  ただ手に持ったセンパの紙袋と、アズサさんと一緒に行動していることで関係者だとは思われたかもしれない。  それでさっきの人はここに探りにきたのか?  考えるとやっぱりうなじがびりびりする。この跡を見られただろうか。 「うーん、相手のことでちょっとは騒がれるかなぁ」 「まあさすがに『新恋人』っていちいち騒がれる人が、番がいるかもってなったらいいネタっすよね」  週刊誌はあまり見ない僕でさえ、ワイドショーネタとしてアズサさんが扱われているのを見たことがある。検索した時もたくさん出てきた。  相手もそれなりに知られている人の場合が多かったから、派手に遊んでいるような言い方をされていた。  そのアズサさんが番を作ったとなれば、確かにしばらくは話題にされるかもしれない。特に映画の話もあることだし、話題には事欠かないだろう。  なんだか別世界の話が突然現実にやってきて、頭がついていかない。  これからどうしたらいいのか、ぼーっとしていたら、再び電話が鳴った。アズサさんからもう一度かかってきたのかと思ったけれど、そこに表示されていたのは別の人の名前だった。 『聞いた?』  棗さんは開口一番そう問いかけてきた。どうやらアズサさんの件でかけてきたらしい。  だから本人から聞いたことと写真を見たことを返せば、把握しているらしい棗さんがざっとした内容を教えてくれた。  おおむねヨシくんが言った通りだったけど、話はもう少し深刻で、旅行の写真も一緒に載せられているらしい。これもまたその場にいてアズサさんを見かけた人が撮ったもので、お土産を買っている時のものだそうだ。アズサさんがメインで撮られているから、僕は後頭部しか映っていないらしい。  ただこの2枚が並べられると少し意味が変わる。  旅行中のアズサさんの帽子とあの時僕がかぶっていた帽子が一緒ということ。そして旅行の時の僕が首元に付けている首輪が、後の写真では外れているということ。それが合わさって、アズサさんの隣にいる僕が番なのではないかというところまで話は来ているらしい。 『人の撮った写真を載せて勝手に書いてるだけで種田くんのことは突き止められてないみたいだし、事務所はプライベートってことで通すからそういう感じでよろしく』 「は、はい」 『まあ少しすれば落ち着くと思うけど、怪しい人に話しかけられても無視してね。なにも答えないで。それとしばらく2人で会うの禁止。いい?』 「はい……」  まるで子どもに注意するような口調の棗さんだけど、この件に関して僕は間違いなくそのレベルで無知だから大人しく聞き入れる。  しかもまさに今怪しい人に話しかけられてヨシくんに間に入ってもらったところだ。  なにか言う気はなかったけれど、ずばり聞かれていたら反応はしてしまっていたかもしれない。 『仕事の話はこっちでするから、種田くんはあまり気にせず、だけどしばらくは身辺に気をつけて過ごしてね。番のことはとりあえずナイショ。友達にも話しちゃダメだよ』 「大丈夫です、変わらず友達いないですから」  そこだけははっきりと答えられる。相手がいないから話すこともないし、気づかれるほど周りに人がいない。平凡な人間はこういう時強い。 『そんなに元気よく答えないの。人脈は大事なんだから付き合いはちゃんと持った方がいいよ。まあ、今回はそれでいいけど』  ただ力いっぱい答えすぎたのか、棗さんに真っ当で悲しいお説教をされてしまった。それはまさにその通りで、全然誇れることではない。  力強く答えたりしょんぼりしたりと目まぐるしい僕を、2人は心配そうな顔で見守っている。すっかりと保護者の立場にさせてしまっているのが申し訳ない。 『とにかくしばらくの間は、出かける時になるべく誰かについてもらうか、お家で静かにしてて。話題は移り変わっていくものだから、それまでちょっと辛抱ね』  端的に対処の仕方を告げて、棗さんもあっという間に電話を切った。たぶん棗さんも忙しい合間に電話をかけてくれたんだろう。  ただそれだけ急ぎの用だったということだ。

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