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ターニングポイントは凸然に 4

「買い物は全部ネットですればいいし、引きこもるのも悪くないよ。今は家でなんでもできるんだよ。外なんか行く必要ない。全然ない」 「引きこもりのプロの人だ」 「……あの、ありがとうございます。頼もしいです」  だからこそ全然動じていない2人が本当に頼もしい。  少しだけ笑って、自分の首筋を触って歯形を確かめる。アズサさんは大丈夫だろうか。 「なに集まってやってんの。俺の見送り?」  その時、紫苑さんが出勤のためにリビングにやってきた。集まっている僕たちを見ておどけてみせる。 「違う。ゲスマスコミから種ちゃん守ろうの会」 「なにあいつまた撮られたの?」  なぜそれだけで理解できるのか、紫苑さんは鼻で笑ってすぐに事態を把握したらしい。スキャンダル慣れしている。 「とりあえず外に1人いる」 「はあ、暇なことで。ま、だいじょーぶだいじょーぶ。しばらくすりゃあすぐまた別のどうでもいいことで騒ぐんだから」  対応も慣れている紫苑さんは、大して驚くこともないまま出勤していった。色々と強いなここの住人みんな。この調子だと柾さんも同じ調子かもしれない。むしろ1番動じなさそうな気がする。 「みんな頼もしい……。僕も見習います」 「いや、見習わなくていいよ。全然慣れることじゃないから、種田くんはそのままでいて」 「……うわ、手あたり次第聞いてやんの」  ぐっと拳を握り締める僕を、苦笑いで止めるヨシくん。  それにかぶるように、空木さんがスマホを見て顔をしかめた。 「外出たら案の定来たってさ」  どうやら今外に出た紫苑さんからのメッセージらしい。聞こえるように大きくため息をつく空木さんに、思わず玄関の方を見やる。  この感じだと、僕がわかられたわけではなく、アズサさんが住んでいた、もしくはしょっちゅう帰ってくる場所だから張っているのだろう。それで家から出てきた人になにか話を聞こうとしているのかもしれない。もしくはアズサさんが来るのを待っているのか。  思ったよりもしっかりと狙われていて、アズサさんのことを考える。きっと本人であるアズサさんはもっと大変な目に遭っているのだろう。  ……後悔先に立たずとは言うけれど。  僕があの時ちゃんと対処できていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。  いくらずっとベータとして生きてきたからって、アルファとオメガのことは習っていたんだ。それに僕だって一応オメガなんだから、ヒートの対応は僕が率先してしなければならなかった。アズサさんの外での見られ方にちゃんと気を配って、遠ざけておくべきだったんだ。元々目立つ人なんだし、考えが甘かった。  そもそも勢いで番になってしまったけれど、それだってちゃんと考えなければいけなかったんだ。アズサさんの仕事にどう響くか、どう思われるかをちゃんと考えなきゃいけなかったのに。  つくづくこの厄介な体が悔やまれる。  オメガとしての知識も経験もない5年と、いまだにフェロモンと体調に波があるせいで些細なことで気持ちが揺らいでしまうことと。  それでも起きてしまったことは変えようがないし、切り替えていかねばならない。  まずは夕飯を作ろう。お腹が空いてるとネガティブになると知っている。だからまずできることから始めるしかない。  結局、大学へ行く日の朝はヨシくんが駅まで一緒に行ってくれることになった。夜遅くまで作業していることが多いから起こさないでおこうと思ったんだけど、時間になったらすでに用意してリビングで待っていてくれた。いつもの長髪黒マスク黒尽くめスタイルの長身は朝の空気とまったく混じらなくて迫力があり、その上ヨシくんのグッズを身に着けて軽い変装をしていたからか話しかけられることはなかった。猫柳くんグッズはメガネだけじゃなくマスクまである。  そして帰りには紫苑さんが車で待っているという重役仕様。これもまた迫力がありすぎてそれっぽい人は見かけたけれど近づかれもしなかった。  とはいえ毎日駅までついてきてもらうのは悪いし、紫苑さんに毎回あの車で迎えに来てもらったら違う意味で目立ってしまう。  だからしばらく大学を自主休講することにした。幸い出席日数は十分足りている。  別に正体はバレていないのだし、そもそもただの大学生なんだからバレることもないとは思うので過剰な反応かもしれない。けれどアズサさんに迷惑はかけたくないし、どこからなにに繋がるかもわからない。  僕にできるのはこれくらいしかないんだ。しばらく大人しくしておこう。

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