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ターニングポイントは凸然に 5

「種ちゃん、ご飯食べないの?」 「あー……今はお腹空いてないのでいいです」  空木さんが呼びに来るなんて珍しいなと思いながら寝転がっていたベッドの上に体を起こす。薄暗いから夕飯の時間なんだろう。ぼーっとしていて時間を見ていなかった。 「ちょっと開けていい?」 「あ、はい」  空木さんの声とともにドアが開かれ、廊下の光が入ってくる。  ただベッドの上に座っている僕を見て、空木さんが肩をすくめたのがシルエットでわかった。 「アズサに電話くらいしたら? 別に盗聴とかされるわけじゃないし」 「でも忙しいのを邪魔したくないし、なに話したらいいか思いつかなくて」  交流系のSNSをやっていないから詳しくはわからないけれど、アズサさんの件はそれなりに話題になっているらしい。ワイドショーのネタにもされているそうだ。毎日ではないけれどカメラを持った人が外をうろついていたり、スマホを持って配信をしている人もいたそう。  前にもスキャンダルと呼ばれる付き合いはあったけど、今回はただ付き合うだけじゃなくて、番相手だ。孤高の狼が誰を選んだか、本人がなにを語るか、だいぶ面白がられているらしい。  そんな中、当然こっちに帰ってくることのないアズサさんの動きはよくわからない。ただ毎日忙しいようだから、それを僕が邪魔するのは悪いと思って連絡はしていない。空木さんはそれを言っているんだろう。  番になった後で、声さえ聞かない日がこんなに続くとは。でも、しばらくの辛抱だと棗さんも言っていたし、精々邪魔にならないことくらいしか僕にはできないんだ。ちょっとの間会わないくらいでぶつくさ言っていられない。 「……種ちゃん、それ気づいてる?」 「それ?」  とりあえずお腹は空いていないのでお先に夕飯どうぞ。と言うより前に、空木さんは小さく息を吐いた。 「ネスティングしてる」  そして空木さんの手が電気のスイッチに触れ、ぱっと部屋の中が明るくなった。眩しさに顔をしかめ、まばたきを繰り返して光に慣らす。 「え、っと?」  ネスティングって、確かオメガがアルファの物を集めて巣作りするんだっけ? そんなことしていないけど。 「ほらそれ、シャツに帽子に、アズサの匂いのするものいっぱい集めてる」  ぴんと来ないまま指を差された方向を見れば、枕元に言われたものが集められている。おかしいなとハンガーラックを見れば、そこにかけっぱなしになっていたアズサさんの服が丸ごとない。全部枕元にまとめて置かれている。もう必要がないのに、アズサさんからもらった首輪もいつの間にかそこにある。 「あ、あれ?」 「無意識ならより一層気にするべき」  本気で気づいていなかった。僕、ずっとここで寝ていたのか? 無意識のうちにこれを掻き集めて、アズサさんの匂いに包まれて?  なんで僕は自分では気づかないくせに外に対してはこんなにわかりやすいんだ。恥ずかしすぎる。 「本能でそれだけ求めてるんだから、強がらないで電話しなよ」  「そもそもかけてこないアズサが悪いけど」と付け足す空木さんは優しい人だ。こんな人がお兄さんだったら良かったのに。 「……でも、声聞いたら会いたくなっちゃうので」 「健気だねぇ」  電話できないです、と素直に洩らすと、入ってきた空木さんにいいこいいこと頭を撫でられた。 「まあ向こうは向こうで種ちゃんに被害が及ばないようにって考えなんだろうけど。いや、もしかしたら単純に演技仕事にいっぱいいっぱいになってるだけかも」 「ですね」  アズサさんの飄々とした顔と正反対の冷たい指先を思い出して少しだけおかしくなった。あんなに緊張とは無縁の顔してるのに、見せないだけで意外と緊張しいなんだもん。可愛らしい人だと思う。  大丈夫かな。ただでさえ新しい類の仕事で大変だろうに、煩わされることが増えて負担が増えていないかな。  そんな心配をする思考を遮るように、インターホンが鳴った。 「なんだ? また凸か?」  凸の意味はわからなかったけど、空木さんの様子からして記者の人を想像したんだろう。何回か、インターホンを鳴らされて出てきて話を聞いてくれないかと言われたから、その音にも警戒するようになってしまった。  とはいえ宅配便かもしれないし、出なくては。  そんなことを思っている間にとたとたと階段を下りてくる音が聞こえたから、ヨシくんが対応してくれたらしい。 「種田くん、ちょっと来れる?」  次いで大きな声で呼ばれて、予想外の展開に空木さんと顔を見合わせてしまった。よくわからないけどひとまず早足で玄関に向かう。  実際は玄関に辿り着く前に、リビングでその人物と対面した。 「藤さん……?」 「ちょっとお話いいですか」  そこにいたのはアズサさんのマネージャーの藤さんだった。  アズサさんを迎えに来た時に何度か話したことはあるけれど、こうやってアズサさんを挟まずに会ったことは初めてだ。  柾さんと同じような、黒髪短髪に鋭い目つきのちょっと迫力のある見た目の藤さん。その人が険しい顔をして僕と話すとなったら、当然アズサさんとの番の話だろう。  頷いて、ダイニングの方のイスに座ってもらうと、とりあえずお茶を出した。そして僕は向かいに座る。  空木さんとヨシくんはテレビ前のソファーの方に座っている。夕飯をお待たせして申し訳ない。

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