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ターニングポイントは凸然に 6
「まず確認したいんですが、本当に『芹沢アズサ』と番になったんですね?」
「はい」
「そうですかぁーですよねぇえええ……」
聞きたいことも伝えたいことも色々あったけれど、とりあえず端的に答えた。それは事実だから。
そんな僕の返答に、藤さんは突然テーブルに突っ伏した。
「ワンチャンないかと思ってたんですけど、本人が話してましたからねぇー」
「あ、あの」
「ここだけの話、ぶっちゃけますけど」
そして今度はいきなり上体を起こし、テーブルに両手をついてまっすぐ見つめられる。若干目が据わっている。
「『芹沢アズサ』の顔の良さは誰にも負けないと思うんです」
「そ、それはそうだと思いますけど」
「やる気は微妙にないですけど、あの顔は最強だと思うんですよ私は!」
「あの、藤さん?」
同意はするけれど、話の展開についていけない。僕が怒られる話かと思って構えていたのだけど、どうにも雰囲気が違う。
「本当は、人気商売なんだから勝手に番を作るのはご法度だし困るんですけど」
「それは、そうですよね。すみません」
わかります、と僕が言っても説得力はないと思う。でも本当に、思いはするんだ。ただ、好きの想いの先にそれがあって、流れに乗ってしまった結果がこれというか。アズサさんの仕事のことにまでちゃんと考えが及ばず本当に申し訳ないとは思っている。
「ただ、ですよ」
はあ、と大きくため息をついた藤さんは、そこから話を切り替えた。
「正直、先に宣言してるんですよねあの人」
「宣言?」
「事務所に先に報告してきたんですよ。運命の相手をやっと見つけて、しかるべき時が来たら絶対に番になるからって。それで困る仕事は受けないでほしいって、上に直談判して」
「直談判って。そんなこと言って問題にならなかったんですか?」
「なりました。きっちり会議にかけられました。とりあえず一旦引き離そうと仕事を詰めて――いや元から忙しいは忙しかったんですけど――こっちに帰れないようにして」
「ああ、あの時……」
「それでもなんとかこっちに来ようとするし、引き延ばされてると感じたんでしょう。強行突破しやがってあいつ」
実際してはいないけれど、舌打ちが聞こえそうな顔で言い放つ藤さんに、苦く笑う。確かに強行突破だった。あのスケジュールで突然旅行なんてどうしたのかと思ったけど、そういう経緯があったのか。
ただ忙しいだけだと思っていたけれど、アズサさんはアズサさんで動いていたらしい。
というか、藤さんもこういう人だったのか。いつもはいかにもビジネスマンという人なのに、ぶっちゃけ話だからかキャラが違う。
「けどねぇ、ここだけの話、正直いいこと尽くめなんですよ……」
今度は顔を覆って憂えた声を出す藤さん。
思えば当然なんだけど、アズサさんが忙しいということはマネージャーである藤さんも忙しいわけで。お疲れで情緒が不安定になるのも仕方がないのかもしれない。暖かいココアでも淹れたくなる。
「種田さんが来てから、仕事頑張るし今まで断ってた演技仕事も積極的だし顔の良さも磨きがかかるし、なによりちゃんと食べてちゃんと寝て適度な休息も取るからコンディションがそりゃもう良くて」
とりあえず藤さんがアズサさんの顔に多大なる自信を持っているのはよく伝わってきた。アズサさんが自分の顔のことを言うのは、こういうところから来ているのかもしれない。
「それは、僕は関係なくてアズサさんが頑張ってるだけの話だと思いますけど」
「あーそういうとこぉー」
「種ちゃんそういうとこあるよね」
「わかる」
嘆く藤さんになぜかソファーの方から謎の同意が飛んできて、藤さんがものすごく頷いている。
なにを3人でわかり合っているかわからないけど、とりあえず藤さんの話に耳を傾けた。
「話を聞いていても本人と話しても種田さんには悪いところがないし、歴代の彼女みたいにデート現場に週刊誌の記者呼ばないし売名にも使わないし、正直なところ番がいると突発的なオメガのヒートに巻き込まれないからありがたいんですよね。まあファン心理と人気は別として。いやだからそれはそれとして問題なんですけども」
早口でまくしたてる藤さんの気持ちは、たぶん他では吐き出すことができなかったのだろう。まさしくぶっちゃけ話。
僕としては任せられた仕事をしていただけだし、アズサさんだけを特別にケアしていたわけでもないから過剰評価だとは思う。僕にそんな力はない。
「ただ最近調子崩してて」
「え、具合悪いんですか?」
「いえ、本人はなにも言わないし特に仕事に影響は出てないんですけどね。私にはわかるんですよ。顔の良さが、輝きがちょっと足りないんです。食欲もないし、あんまり寝てる様子もないんですよね。元々外では寝ない人なんですけど、どうにも家でもあんまり寝てない気がするんですよ」
そういえばこの前会った時にもすごく薄っすらだけどクマが見えた。
確かにアズサさんはいつも飄々とした顔をしているけど、疲れないわけじゃない。リビングでいつもごろごろしたり寝ていたのは疲れていたからだろうし、旅行の時は食事のことも考えていた。
そのアズサさんが、寝てない上に食べてないだって?
「……乗り込んでいいですか?」
身を乗り出し、藤さんに迫る。これはちょっと黙っていられない。
「種ちゃん過激」
「あ、いや、こっそりとですけど。食べさせて寝かせたら帰りますんで」
「過激派オカン……」
今すぐアズサさんの元に乗り込みたいくらいだったけど、空木さんとヨシくんのつっこみで少し落ち着いて、とりあえず元の位置に戻る。
それでもやっぱりじっとしていられない。
ここが好きだと言っていたアズサさんが、今日も1人のマンションに戻って眠れずにいるのかと思うと、なんとしてでも行かなければと思う。なにより、アズサさんに会いたい。
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