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ターニングポイントは凸然に 7

「いやでもさすがにこの状況で2人きりで会わせるわけには……」  困る藤さんの立ち場もわかる。そりゃそうだ。僕が誰かわかられていなくたって、姿は晒されている。アズサさんのマンションの前には週刊誌の記者もいるかもしれない。そんなところに僕がのこのこ姿を現すのはアズサさんの迷惑になるだろう。  でも、だったらどうしたら。 「よし、みんなで行こう」  その時、空木さんがのんびりとした声を上げた。わざわざ手のひらを拳で打つというアクションをしつつ、とても穏やかな提案とばかりに笑っている。  みんな。ここのみんなで? それって、藤さんが2人きりで会わせられないと言ったから? 「鍋でもしようよ」 「あー芸能人のスキャンダルとかでありますよね。みんなで鍋パしてただけとか」 「本当にすればいいじゃん。景気づけに。別に変なことじゃないでしょ? 疲れてる元シェアハウスの住人を元気づけるため、みんなでわいわい楽しく鍋パーティー」  あくまでそれだけが目的だとばかりに、空木さんはことさら明るく声を上げる。こちらでは藤さんが気まずそうな顔で首に手を当てていた。僕も困惑しているから、とりあえず藤さんにはお茶を勧めておく。  そんな妙な雰囲気の中、視線はやらないけど当然聞こえていることはわかっている2人は、あくまで楽しい計画とばかりに話を進めていた。  ダイニングとリビングの間に見えない仕切りでもできたのだろうかというくらい空気が違う。 「食材はもちろんだけど、とりあえず車、目立たないやつがいるな」 「借ります?」 「うーん、なんか借りれないか柾さんに頼んでみようかな。タクシーじゃ2台連なっちゃうし、融通利かないし」  「あの、悪巧みは私のいないところでしてもらえますか? 聞いちゃったら上に報告しないといけないので」  さすがにそこまで来ると聞こえないふりも難しくなったのか、藤さんが手を挙げて自分がいることをアピールする。むしろここまで黙ってただけすごいと思う。  まあお互いわかっていてやっているんだろうし、本当に報告するのだったらあえて話を止めやしないだろうけど。  みんなで鍋パーティー。いくら楽しそうでも、当然公に認められるわけはない。 「じゃあ私は言いたいことを言って少しすっきりしたのでそろそろお暇しますね」  さすがにこれ以上仲間になる気はないのか、藤さんはそう言ってお茶を一気飲みしてから立ち上がった。 「えっと、そもそも藤さんはなんの用でここに? アズサさんは?」 「今撮影中なので、その間に一旦会社に戻って仕事を済ませまして、現場に戻る途中で愚痴を吐きに来ました」 「すごい寄り道の仕方ですね……」 「それとついでに種田さんの様子を見てきてほしいと頼まれたもので」  本当についでのように付け足されて、ぱちくりとまばたきを返す。  アズサさん、僕のこと気にしてくれたのか。自分だって大変なのに。……そっか。 「そういうわけなんで、私はもう戻りますね」 「あの、ちょっとだけ待っててもらえませんか」  イスを元の位置に戻し、ごちそうさまでしたと去ろうとする藤さんを引き留める。  急いでいるのは承知。だけどやっぱりこのまま手ぶらじゃ帰せない。 「もうちょっとだけでいいんでそこに座っててください。すぐ、すぐ来ますから!」  強引に藤さんをイスに座らせ、何度も言いおいてキッチンに飛び込む。どうしてもアズサさんになにか食べさせたい。  考えろ。お肉も野菜も食べてほしい。食べやすくて、少し食べるだけでもよくて、肉と野菜いっぺんに食べられる食べ物は。  頭をフル回転させ家にあるものを思い浮かべ、思いついたのはハンバーガー。夕飯用のハンバーグは焼いてあるしバンズもちょうど頼んで持って来てもらったところ。あとはオーロラソースにマスタードを混ぜてソースにして、サラダ用に切っておいた野菜をできるだけ詰め込めばあっという間に完成。特大ハンバーガー。  時間があれば口に放り込めるように一口大のサンドイッチを作っても良かったけど、とりあえず今はこれで栄養を摂らせたい。  それを念のために2個袋に詰め込んで、藤さんのもとに戻る。 「これ、できればアズサさんに渡してください。少しでもいいから食べてって。それと、一応藤さんの分も入れておいたので良かったらどうぞ」  夕飯か夜食かはわからないけど、そこまでは重くないはず。せめて少しでもなにか食べさせたいからと藤さんにお願いすると、袋を受け取って1度中を覗き込んでからその口を閉じて、ふぅとため息を吐かれた。 「……なんか、なんとなく明日の夜に芹沢アズサのマンションの来客用の駐車場の申請が出ている気がするなぁ。なんとなくですけど」  そして大きな独り言。  ……そうか。駐車場に停めるのにも申請がいるのか。それじゃあ無断で行って乗り込むというのも難しいのか。そもそも車で玄関前に乗りつけたら目立つだろうし。  でもそれを藤さんが言うってことは。 「それじゃあ私は仕事に戻りますんで。ここで聞いたことは他言無用でお願いします」  元のビジネスマンの顔に戻った藤さんは、袋を片手に頭を下げて帰っていった。  残った僕と空木さんとヨシくんは顔を見合わせ、それから笑う。 「さて、明日のために準備しようか」  明日の夜は鍋パーティーに決まり。場所はもちろん、アズサさんの家。

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