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ラブ・ファイア 1
次の日の夜、柾さんがいつもより早めに帰ってきた。
なんと仕事を早めに切り上げ、車といくつものスーパーの袋いっぱいの食材を持って来てくれた。
「ウケる」
「拉致られそうっすね」
とてもありがたいことだと言うのに、乗ってきた車を見た紫苑さんとヨシくんの感想がコレ。
正直そう感じてしまうのは、その車がワゴン車だったからだろう。白いワンボックスカーと柾さんの組み合わせは、なかなか物騒に見える。
ただこれならみんな乗れるし、駐車場に停まっていたところでなにかの配達の車にしか見えない。
ところでこのみんな、というのは、まさしくみんなで。
「留守番してたら?」
「なに言ってんの。俺が発起人なんだから行かないでどうする」
まさかの空木さんが玄関で胸を張っている。
どうやら本当に空木さんも行くらしい。3か月に1度の病院以外では外に出ないという空木さんがこの家の敷地外に出たところを、僕はまだ見たことがない。
「……ちょっと待ってて。やっぱ上着羽織ってくる」
玄関から1歩出たところで、踵を返して部屋に戻っていく空木さん。外は日が落ちても蒸して少々汗ばむ程度だけど、まあ車のクーラーに当たったら寒いかもしれないし。
そうやってポーチで待つ僕の横に並んだのは紫苑さん。
「……あの人さ」
ぼそりといつもと違うトーンで呟いた紫苑さんは、階段の方を見つめている。
「前にクソ厄介なストーカーにつきまとわれて警察沙汰になったから、安全圏のこの家から出るのすげぇ嫌がんだよね」
「そう、だったんですか」
過度の引きこもりにはなにか理由があると思っていたけれど、そんな話だったとは。
そういえば紫苑さんはさっきも家に残ることを勧めていた。軽口だったけど、心配してたんだと思う。
「その人がついてくるっていうんだから、種っち相当気に入られてんだよ」
「紫苑さんも、ありがとうございます」
「俺はタダ酒飲めるから行くだけ」
No.1ホストなんだからいつだってお酒なんて飲めるだろうに。
アズサさんとは全然違うはずなのに、その飄々としたとぼけ方はどこか似ている。そもそも紫苑さんだってNo.1の人ならきっと相応しい住まいがあるはずなのにここにいる。それもなにか理由があるのかもしれない。もしくは連れ出されなかったアズサさんのタイプなのか。
なんにせよ、みんなそれぞれにここにいる理由があって、過剰に馴れ合いはしないけどいつでも誰かが見ていて心配している。その関係が、なんだか家族みたいだ。
……なんて、家族がなんたるかなんてよく知らない僕は思うわけだけど。
「よーし行こう。さっさと行こう」
階段を駆け下りた勢いで飛び出してきた空木さんは、開けてあったドアから車の中に飛び込んだ。
僕も続いて車に乗り込み、空木さんの隣に座る。試しに触ってみた手は冷たい。アズサさんと同じタイプだ。
だからその手を握りしめて、空木さんの目をしっかり見た。
「空木さん、ありがとうございます、心強いです」
「……種ちゃんは本当にいい子だね」
小さく笑う空木さんに頭を撫で返され、甘えるように体をくっつけた。
そうだ。大丈夫。アズサさんのところに行くだけなんだ。恐いことはない。
ちなみに必要ないとは思うけど、一応帽子にメガネにマスクで変装みたいなものをしている。色んな種類が出ている猫柳くんグッズが大活躍だ。
「んじゃ行くか」
運転先には柾さん、助手席には紫苑さん。その後ろに空木さんで、隣が僕。3列目にヨシくんが大量の食材と道具類を守る役目として乗り込んだ。
シェアハウスが空っぽになるのはこれが初めて。
誰もいないそこを不思議な思いで見つめながら、車は出発した。
目指すはアズサさんのマンションだ。
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